土曜日, 3月 31, 2007

花は桜木 人は武士

『がん治癒とは死ぬことと見つけたり』 と書いたことについて、改めて、これは結構あぶない内容かなぁ、とも思いました。世の中、がんは死ぬ病気だという、忌まわしい想念がそこかしこに蔓延しているので。

だけども、実はがんになった後も死なない期間が非常に長いのですよね。今や日本人全体の1/3はがんになるそうですが、急にがんで人口が1/3も減る時代になったというわけではありません。殆どの人はがんになった後もしぶとく生きているのです。だけど、兎角がんというと死ぬことについての恐怖がつきまとい、それ自体ががん患者の寿命を縮めているのではないかと思われます。

武士も、主君のために命をかけて戦うハズの人たちでしたが、江戸時代の太平の世の中では普通に暮らしていました。関が原の戦い以降は合戦は無かったのですから。(大阪夏の陣とか、何年だっけ。ま、おおよそ、ということで。江戸時代は250年以上もあったのだから誤差ということで。)

で、本来、主君のために合戦で命をかけて戦うことが仕事であることを念頭におきながら、毎日を平和に暮らした武士。その生き方である武士道。『武士道とは死ぬことと見つけたり』という印象的なフレーズ。その意味は是非知りたいのです。が、かつての愛読書の新渡戸稲造「武士道」の中を、久しぶりに昨夜見てみましたが、この本にはこのフレーズは出てこないようなのです。

『葉隠』がこのフレーズの原典ですからこれを読むのが本筋ですが、古文読解みたいになりそうだし、解説本はどうも、戦時中の滅私奉公の色合いがついているのじゃないか、とはばかられたり。『葉隠』だと、超リベラリスト新渡戸稲造に紹介された武士道に比べて、あまりにイメージが古過ぎるのです。

で、参考になりそうな本をみつけました。

新渡戸稲造「武士道」の解説本です。アマゾンの説明によると、
『なぜ「武士に二言はない」のか?「武士道とは死ぬことと見つけたり」の真意とは?武士道のエッセンスを明快に解説。』
著者の志村史夫という方はハイテク研究をされていたアメリカ帰りとのこと。



いま新渡戸稲造「武士道」を読む―サムライは何を学び、どう己を磨いたか

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