日曜日, 12月 30, 2007

脱力大掃除:森高しんちゃん

年賀状も出し終えて、今日は大掃除の続きをしていたのですが。

夫はBGMに森高千里をかけていました。 古いですね。 彼には嵐は通じません。

と、息子が言いました。 「クレヨンしんちゃんに似てる!」

え???  

うんうん、そうそう! 似てるんですよ。 意外や意外、本当に似てます。 森高さんの声がしんちゃんにそっくり。

そう思って聞いていると、何だか、歌の内容まで似てます。「非実力派宣言」とか。他にもそっくりなのが色々。

思い切り脱力。 森高さんはしんちゃんだったとは。 今年最後の大発見。

森高さんとクレヨンしんちゃんの両方をご存知の方、よろしかったら比べてみて下さい。

脱力笑いが止まらないので、書かせて頂きました。  森高ファンの方ごめんなさい。

癌年齢って

今更ですが、癌って老化によって起きるのよね。
大腸癌のデータですが年齢別の数字がありました(倉敷中央病院)。60歳台、70歳台が多いです。

(1996~2000年切除例)
年齢|性別 男 女
19歳以下    0  0
20~29歳    0  0
30~39歳    5  7
40~49歳   20 12
50~59歳   45 46
60~69歳  116 71
70~79歳   98 72
80~89歳   31 41
90歳以上   2  2

私は口腔癌ですが、やはり私より上の年代の方が多いようです。

何で、こんなに若いのに、癌になっちゃったんだろう。 もう若くはないけれど、それにしても。

何でなのかは今更言ってもしょうがないけれど(まぁ、酒もタバコも暴飲暴食もせず、仕事のしすぎだと思っていますが)、若くて癌になるのは、色々と不便です。

後遺症あっても、仕事も子育ても現役世代で、まだまだ当分は引退できないし。

患者会も、ずっと上の年代の方ばかり。

団塊の世代の今後の生活をサポートする新しい事業なども出て来はじめているようですが、それにも乗りにくい。

自分が再発するのもイヤだけど、せっかく知り合って励まし合った病気仲間が、再発したり、亡くなったりするのを見るのも辛いです。けど、見なけりゃならない。







そっか。 私よりももっと若くてなる方もありますね。

そういう方のお手本になれるようにしなくちゃねぇ。



あ、ただ生きているだけで、術後年数のお手本にはなれるわけです。  お得だと思うべきでしょうか。

金曜日, 12月 28, 2007

年内最終日/男女共同参画の難しさ

今日は会社の年内最終日。年末と年始は今までの職場に来るように、との指示があり、元の職場の方に出ました。

もう、移動することは確実なので、書類の処分の続きや、捨てる荷物の確認、四方山話などなど。気になっていた機密にせねばならない書類を、バサバサとシュレッダーにかけました。

女性には、どうなるか分からない新しい(けれどうまく行けば重要な)分野に手をつけさせ、見通しがついたら男性社員がやる、というパターンがある、と以前書きました。それで上司との関係がとても悪くなっている女性同僚もいるし、私も経験しています。それに関係して、嬉しいことがありました。

私が手をつけた事から始まった一連の試料があるのですが、もう古いし、当然、捨てねばならないと思っていたのです。でも、私以上に、私の後にその関連の仕事をした男性社員達が、その試料に愛着があるらしいのです。結局、全部捨てることはせずに、一部を残しておくことになりました。

私は、何も無いところから、予算をもらい、よそから教えてもらい、何をやるか考えて、やったから、自分がそれをやった、それが育った、と思っていました。

でも始めに私がやったということは、覚えてくれている人は覚えてくれているけれど、日ごろは言われることもありません。そこから生まれて来た成果は殆どが後からやった男性社員たちのそれぞれのものになっています。誰に教わったかも忘れて自分の領域として振舞っています。 (ハイ、無礼なヤツも居ます。 よくあることですが。) 若い人は、私がやったことを知りもしないでしょう。

給料はもらっても、とりたてて評価されているわけではない無償の労働みたいなもので、報われることのない『お母さん』みたいな役回りです。

でも、そこに入って後をやってくれた男性社員たちも、あんな古い試料に愛着を感じるような自分の大事な仕事としてそれをやってくれていたわけです。限られた領域だけれど1つの流れになり、社内の技術の一翼を支えています。良かったと思います。どうせ、私1人でそれだけの事ができたわけはないのだから。

男女共同参画という意味では課題があるけれど、報われない仕事に多くの時間を費やすということは年功序列の日本のサラリーマンの若い時期にはよくあること。同僚男性諸氏がよく頑張っていたことは私も間近かに見ています。彼らには今や部下があり、幸い、私みたいに病気になった人もいません。彼らの仕事のネタの種を多少とも蒔くことができたのは嬉しいと思います。

水曜日, 12月 26, 2007

「通勤が一番大変」/感性の覚醒

月に一度の、産業医の先生を交えた面談がありました。


新しい職場の方へ通って、ほぼ元気に過ごしていることを報告しました。この分なら正式に新しい職場へ移動しても大丈夫だろう、という方向の話になりました。もう、私もそういうつもりになっています。


そしたら、皆さん口々に仰います。


「毎日だから、通勤は大変だと思うんです。」


「僕も通勤が一番疲れるんだ。」


もう。。。。そうでしょ!!! (もちろん心の中で。)


皆さん分かってらっしゃるのに、変えることはできない。私がその気になったと思って安心して、本音を出されたようです。自分も大変だと思っていても、病後の子持ち主婦にも『みんなやってるのだから』と言って、同じようにさせる現状をどうしようともされません。ご自分はPTAにだって出た事がないのに。


社内の「男女共同参画推進」担当の方からもその後の返事が来ましたが、今の近い勤務地で移動先の仕事内容をやることは、「現場で運営ができるなら、それに沿った制度を作るお手伝いをしましょう」とのことでした。


現場がやればそうなっていくのです。


でも、現場の方々は、制度がそうなっていないから、できないわけです。


そして、「でも、元気に復帰できて本当によかった。復帰の当初よりも元気そうだよ。」と言って口々に喜んでくださいました。   本当にいい人たちなんです。

いい人には変革はできないのです。

移動先に通っている間に昔の知り合いに何人も久しぶりに会いますが、その内の1人の女性が、以前の上司がオキテ破りの超法規措置で管轄外の『近い社宅』を使えるようにしてくれた経験を教えてくれました。
社宅も、「通勤時間が長いのは普通だから」と言って職場から離れた場所を与えられることが多いですが、家族もちの女性にはそれが切実な負担だから、やる手腕のある上の人はそういうことをやってくれる場合もあるのです。

けどね。 まずはやってくれない人達が殆どだわけで。 世の中が変わって皆がこれはおかしいと言い出すのを待つしかない。

通勤時間は本を読んで没頭してしまうこともありますが、そうすると乗り過ごしたり。気がついて電車を降りて引き返すと、短時間勤務で出勤時間を固定されているので、遅れて欠勤がついてしまいます。

本も読まずにぼ~っとしていると、待っても、待っても、降りる駅に着かなくて、とてつもなく退屈です。

今日は嵐のアルバムを聞きながら乗っていました。バスに乗っている時に快適さを感じることも先日書きましたが、今日も、何だか景色が違って見えると思いました。こんなに美しい街だったんだ、って。

バスの後、駅についても聞いていて、『Eyes with delight』の歌詞が聞こえてきました。

「その瞳は今風を見てる、、涙より深い輝きをたたえ」

ふ~む、と思って聞いていたら、目の前の人たちの「目」が、どの人も何かを見ていて、深い輝きをたたえているんだ、ということが、急に分かったんですよ。その目の向こうに意識があって、あ、ドアが開いたから降りようと思っている、左右を確かめている、横の人を気にしている、などの心の動きが、一々声のように聞こえてきました。

そんなこと、普通の人は普通に気がついていることなんでしょうかね。 どの人にも、生き生きとした心がある。

以前、家の近所の道を歩いていて、急にその横の木々の『気持ち』が伝わってきて、あ、私が元気になるように応援してくれている!と思ったことがありました。その時と同じような感動でした。

暫く電車の人々を見ていて、そうだそうだ、どの人も、確かにその目の奥に心の動きがある、と思いました。

でも、すぐに、これはマズイ、とも思いましたね。人の心の動きが見えすぎるのも、自分の心が騒がしくなりすぎる、と思って、すぐにシャットダウンしました。

日常的には、他人の気持ちは必要に応じて適度に見つつ、適度に見ないような平衡状態になっているのでしょう。 電車の中なんて、みんなお互いに無視し合うのが普通なのですから。

電車に乗っていると、見えるのは人間ばかり。嵐の歌は見えるものについて妙に感性を覚醒させる効果があるのかもしれません。

毎日毎日、通勤3時間。 何をして過ごしましょうか。 寝てる人も多いですけど。

火曜日, 12月 25, 2007

ごはんの準備がタイヘン

娘が塾へ行くと言い出しました。

それは感心なのですが、ごはんの準備が半端でなく大変になります。

部活の朝練のある日には朝は6時40分に家を出るので、5時半には起きて朝食とお弁当の準備をします。これは今までもやっていましたが、『遠い職場』に通うようになって、夕方私が帰るのは6時ちょっと前、息子を放課後プランの「はまっこ」に迎えに行って帰って来ると6時15分くらいの帰宅になります。

今までは、朝にご飯を仕掛けておいて、お味噌汁と1品くらい用意しておけば、会社から帰ってからメインのおかずを用意して何とかなりました。

でも、今度から塾へは娘が6時20分に家を出るというのです。これでは夕食が絶対間に合いません。

娘が学校から帰って来るのが5時半くらいで、その時に自分で食べられるようにしなければなりません。

今日は、冬休みで部活も午前中だったので、おかずを用意して、お味噌汁をお味噌を入れる直前まで準備しておきました。自分でお味噌汁の仕上げをして食べるということはできました。

娘が自分で食べられるなら、夕食もそうできるかもしれませんが、準備をある程度しておかなければなりません。いつ??

朝はお弁当と朝食の準備をして、自分も食べないといけないし、まずは無理です。となると、可能なのは前日の夜。 つまり、夕食を食べたら、翌日の夕食の準備をする、ということになります。  ひぇぇぇ。 実質、翌日の朝食と、お弁当(昼食)と、夕食の分を全部考えて一度に準備しなくちゃならないということに。

これはいいことなんだろうか。かえって手間が省けるという風に、できるものでしょうか。

やらなきゃならない所に追い込まれました。 やらずばなるまいっ。

まずは、電気釜の2個目を買わねばならないようです。お弁当用に炊いたごはんがきれいになくなってから炊いていたら夕食用には間に合わないのです。保温で置いておくのは美味しくないとブーイングが出るのです。前日に翌朝と夕方の2回分をセットしておけば、安心しておかず作りに専念できるわけで。  ぅ~ん、夏はこれはダメでしょうか。 夕方の分は朝仕掛けるとしても、その時にお釜が空になってないといけないので、やはり2つ欲しい。

夕食後にフィットネスクラブに行こうなんて事は、夢物語になってしまいました。

日曜日, 12月 23, 2007

黄金の湯、白金の湯(伊香保温泉)


息子と二人で群馬県の伊香保温泉に行って来ました。

群馬県でお泊りするのは、ずっと以前の学生時代に尾瀬に行った時以来です。温泉と言えば近場の熱海、湯河原ばかりだったので、違う所に行ってみることにしました。

横浜からはちょこっと遠いけど、携帯の乗り換え検索で調べながら、行きは上野経由で高崎線で、帰りは湘南新宿ラインで横浜経由で帰って来ました。高崎まで行けば、後は上越線で渋川まで24分、渋川から関越交通バスで25分弱です。宿もネットで手軽に予約したし、乗り換えも逐次携帯で手軽に調べられて、便利な時代になったものです。前もって計画をきっちり立ててというのは苦手なので助かります。

横浜はけっこう山が多いのですが、都内に入るとずっと平らで、埼玉県を越えて群馬県に入っても電車からの景色に山はずうっと見えません。関東平野は広いです。でも上越線に乗るとだんだん山が見えてきて、最後にバスで山の中に入っていきます。伊香保温泉からの眺めは雲にけぶる山々を見下ろす雄大な景色です。宿の屋上に露天風呂があり、夜は頭にタオルを乗せて雪をよけながら、朝は積もった雪を眺めながら入りました。朝の露天風呂からの山々の眺めは絶景でした。

伊香保温泉というと茶色いお湯、と思っていたのですが、ここはお湯が2種類あるそうです。黄金の湯が茶色で、白金の湯が透明。泊まった旅館は透明でした。温泉っぽさは少なくて物足りなかったです。でも殆ど下調べもせずに行ったのでしょうがないです。

帰りには高崎から上信電鉄で富岡に出て富岡製糸場を見てきました。これはまた後日に書きます。

木曜日, 12月 20, 2007

術後3年3ヶ月検診/エピテーゼ/ジムデビュー

昨日は、国際医療福祉大学付属三田病院に行って3ヶ月ぶりに主治医の顔を見ました。楽天ブログの方にちょこっと報告しました。異常なしでした。

紹介してもらったエピテーゼのこともちょこっと書きました。

それで、昨日は会社を休んだのですが、帰って来て、子供に夕飯を食べさせた後、あとの事(子供のお風呂など)をお父さんに頼んで、初めて、近所のジムに行ったんですよ。

鎌倉まで山を越えて歩いた時以来の久しぶりにスニーカーを履きました。あの後お父さんが腰痛になり、歩く事も運動らしいこともやっていませんでした。

タダ券での体験ということで、一通り説明してもらいました。スタジオでのヒップホップやヨガの教室もありますが、ちょうど良さそうな楽なクラスが無かったので、ジムでマシンを使ったトレーニングをぐるっと一周しました。

自転車を漕いだ後、腰、背筋、腹筋、肩、腕、胸、などなどの筋肉トレーニングをしました。それぞれに、重りがついていて調節できます。10回とか20回、曲げたり伸ばしたりできる程度の重りに、トレーナーさんが説明しながら調節してくれました。

それぞれに、目的とする筋肉が個別に動いているのが分かって面白かったです。肩こりも治りそうで気持ちよかった。肩こりを治すにはマッサージでなく、トレーニングも効きそうです。

私はなかなか体重が増えなかったのですが、食べる事だけでなく、運動量が足りないということもあるかもしれません。筋肉は食べるだけではつかないらしいです。

体重も量ってもらいましたが、実はちょっと増えていました。術後3年、増えなかったのに、会社に復帰してからの3ヶ月で2キロ近く増えたようです(びっくり!!)。よほどダレて3年間過ごしていたということでしょう。

汗をかくという程ではなく、ゆる~く体験させてもらいました。その後は、お風呂へ。

お風呂屋さんのような立派なお風呂でした。あんな立派なお風呂がついていたとは知りませんでした。サウナもありましたが、痩せたいわけではないのでサウナはやめておきました。

冬の夜だからか、ニュースでの乱射事件報道のためか(?)、空いていました。あと、実はここはプールもあって、子供のスイミングの付き添いでは何度も通っていた施設です。その時のママさん仲間と、大人の利用者とは、かなり年齢層が違ってました。当然なんでしょうね。年配の方が多かったです。

家に帰ってみると、子供達は二人とも寝てました。今朝も何事も無く普通に起きて普通に朝練へ出かけていきました。私が夜遊びして来ても全然平気なのね。

今日はお父さんが飲み会で、明日も忘年会へ行くんですって。

私もたまにはまた夜出かけることにします。

火曜日, 12月 18, 2007

何か足りない

仕事は新しい職場へ移動する方向で進んでますが、何か足りない気がします。

楽な仕事に変わりたい、と思ったのですが、慌しいのです。

朝、ごはんを食べ終わらない。残ったリンゴを薄切りにして会社へ持って行ったり、ご飯をおにぎりにしてラップに包んで持って行ったり、食パンの切れ端を食べ終わらずにラップに包んで持って行ったり。

晩ごはん用のおコメは朝仕掛けておこう、と思ったら、電車に遅れそうになり、小走りで駅まで急いでやっと間に合ったり。一度は本当に遅れてしまいました。欠勤がつくのでこの日は会社に行ったけど、半日休暇扱いにしてもらわなくては。

会社に行けば今更リンゴを食べる気にもならず、メールを読んで特許明細を舐めるように読んでたり。できるだけ食べるようにしていますが。

夕方は、お腹のすいた息子に急かされながら晩ご飯作り。

癌にガンッとやられて、生活を変えよう!と思ったのに、相も変わらず何故にこんなに忙しいんでしょ。朝と夕方は1分刻み。仕事は短時間勤務で、時間がないので休めない。休んでたら何しに行ってるんだか分からなくなっちゃいます。

今時、『楽な仕事』なんて、無い、という正統派のお叱りが来そうですが。上司も言ってました。「みんなやってるんだから。」

でも、何か違うはず。

そうそう、カラダを鍛えなくちゃ。

残業しないから、夕飯の後はそれなりに時間は空いているのです。洗い物はそのままだし、洗濯物も片付き終わってないけど。お皿は朝食の分と合わせてお父さんが食器洗い機を回してくれるし、洗濯物は娘がその気になれば(50円で!)片付けてくれます。なかなか、私やる気にならないの。

娘は毎日のように部活の朝練、夕練。息子も最近週に2回は朝練で走っています。会社に部活はありません。あればいいのに。   夕飯後の活動じゃ、会社の部活じゃ無理でしたね。

会社帰りにジム通いというトレンディな方も都会では多い(?)らしいですが。夕飯を放っぽり出して娘に任せるのも無理だし。

夕飯後に走るのかな、可能な線としては。  寒いけど。   近所のジムのタダ券があるから、行ってみますか今度。  って、いつか分からないけど。

金曜日, 12月 14, 2007

特許は戦い!(女性エンジニア日記)

とは言え、エンジニアは戦おうと思って発明をしているわけではありません。戦えると思って特許提案はしますが、もともと、要求されている製品開発の性能を満たそうと戦って開発を進めているだけです。

だから、こんないい性能が出るとか、こんなに新しいとかは書きますが、特許として戦うための視点はまた別なものが必要なようです。

書きすぎると条件つきとされて権利行使を制限される、とか、新規性の論点に限って主張する、とか、他社が使っていることを証明できない内容はお金を使って権利化してもしょうがないから出せない、とか、色々です。

今やっている自分の特許の対応は、休職前である3年前の提案のもので、その時点で自分の明細書に書いた範囲で審査官に新規性を主張します。当時の書き方に制限されて、主張できる内容が限られます。細かく色々気をつけて判断せねばならないようです。裁判だわけで、特許部権利化担当や特許事務所の、専門家の技術が必要です。

相談していて、自分の特許がどういう意味があるのか、改めて学ばせてもらっています。なかなか面白いです。続きをやりたくなってしまいます。3年経って、進んでいる状況もあるけれど、基本的な難題はあまり変わっていません。

でも、当然、もう誰かがやっているはず。どこも、一生懸命開発している内容だから。渦中でかかわる事は辞めようと決めたのだし。審査官が状況を理解してくれてあの特許が通れば、基本的な部分の大きな一部分を押さえられます。それでも、大きな満足は感じます。技術がそう進むかどうかは不明ですが。私の特許をよけて、他の技術が生き残って行くのかもしれません。どうなるのか、それは楽しみです。

通せるかどうかはやはり私よりも、戦う専門家の方たちの力量だなぁ、と感じました。もちろん元になる内容そのものが基本なのですが。だから、特許の権利を会社に譲るのは、けっこう納得しています。

木曜日, 12月 13, 2007

昨日も今日も特許対応(女性エンジニア日記)

許可になった自分の特許の継続出願の他に、拒絶査定が来た別の自分の特許の再審査申請対応も来ています。昨日も、今日も、特許調査ではなくこれらの特許対応をやってました。特許部に移ってきたお陰で私の特許を担当してくれていた人と同じ部屋になり、身近に相談しながら対応ができました。

この部屋の人たちや特許事務所の人たちが後の面倒を見てくれるので、エンジニアは出願の細かい事を考えなくて済んでいたわけです。つくづく、アイデア製造マシンにされてたんだなぁ、と思いました。されてた、って、被害的に言いたいというわけではないけど。やっぱり、この部屋の方が、もとの職場よりはのんびりとしています。

以前出した特許についての対応は前の職場では、雑用扱いだった仕事です。普段の業務をやり、その周辺から出る新しい特許提案もやり、その上で自分の以前出した特許の面倒を見るのは当たり前の雑用でした。特許部の人や特許事務所の人がよくやってくれるのですが、やはり対応の方針はエンジニアが出さねばならず、審査請求の内容の最終チェックもエンジニアがやらねばなりません。それが半期に1件ずつ、まぁ、不出になる(提案したけれど出願はしない)ものもあるけど、増えていくわけで。

今日はじっくり自分でも意見書を書き、じっくり特許部の人と相談しました。ぎりぎりの新規性判断を審査官とやり合うわけだから、そんな雑用でやれることではないのです。以前は業務時間中にはやる時間がなく、持ち帰り、通勤途中やお風呂や布団の中で考えてたわけで。普段の業務もみんな忙しいから、みんな夜の10時頃まで居ても普通だったし、土曜日の出勤は平気だったし、日曜日に出ることもありました。あの職場よりは、のんびり気味のこちらの職場の方が正常です。

だけど今日も、『これは厳しい、ダメかなぁ。』と思ったものが、見方を変えることで、『いや、行ける!』と気づき、その線で考えたり調べたりして、だんだんと形にする、というジェットコースターのような仕事になりました。この醍醐味がもう味わえなくなってしまうのは、ちょっと寂しいです。基本的にそれは好きだったから、やって来たのです。

今やっている2件とも、通れば大きな特許になります。その種はエンジニアが出すけれど、通す所は特許部の(権利化担当の)仕事です。頼りになる、女性の担当の方です。その先に特許事務所の方も居ます。きっと、通してくれると思います。

水曜日, 12月 12, 2007

『2004 嵐! いざッ、Now Tour !!』

最近聞いている嵐のアルバムはこれです。
          

ジャニーズの方針らしく、画像は出ません。これはCDですが、実は同じアルバムのDVDも持ってます。

           
  

やっぱり画像が出ません。

DVDよりもCDの方が丁寧に歌っています。バスの中でじっくり聞くと私が特にうっとりできるのは、「ジャム」と「チェックのマフラー」です。5人それぞれのソロがいいです。(チェックのマフラーはDVDには入っていません。)

DVDはコンサートの会場(横浜アリーナ)のセッティングがきれいで、臨場感が伝わってきます。これで見て大野君のダンスがすごっく上手いということが分かりました。「Eyes with delight」が、多重録画になっていて、5人それぞれに曲の間中1人を映しています。普通は1人を数秒とかで、色々な撮り方をしていて、映像効果があり全体を見られるのはいいのですが、1人をじっくり見ることができません。この多重録画は切り替えることで見たい1人をじっくり見られるので良いです。

火曜日, 12月 11, 2007

バス通勤と嵐はドキドキ

今度の職場は電車の後バスに乗るのですが、バスでは本も読めず、ぼーっとしててもつまらないので携帯オーディオプレーヤーで嵐を聞いています。これ、なかなか、いいです。

バスの席は窓から外を眺めることができるので、1人の世界に浸ることができてしまいます。けっこう窓側に座れるので。
電車だと、座っても立っても向かいの人の後ろに窓の外の景色を見るので、こうはいきません。

バスで座ってイヤホンで嵐の歌を聞いていると、木立ちのシルエットや、ビルや道路沿いの灯りの景色が移り変わるのを間近に見ながら、ニノや、相葉くんや、松潤や、大野くんや翔くんの声が1人の世界の中ですごく近く聞こえてきます。次々に、うわぁ、わぁっ、いいなぁ、ドキドキ、うっとり、って感じ。嵐って、ぜいたくです。5人みんな、いいんだもの。

ノイズカット機能つきのイヤホンの音がいいので、きれいな景色を眺めながら、耳元に嵐の1人ひとりの吐息が聞こえるような気がしてしまいます。

それにしても、今日は移動先の職場で、前の職場で出した特許の継続出願の調べ物ばかりしてました。新しい上司がまだ何もくれないし、前の職場の仕事だけど一応、やらせてくれています。前の職場では特許調査ばかりしていたんだけど。どちらも場所違い。結局、仕事する『場所』なんて関係ない。

遠い職場まで通勤する事で利益を得ているのは、電車とバスの会社だけ。うちの会社にとっては交通費がかかるだけ損害が出るし、私が仕事する時間だって減っています。移動するのにエネルギーを使うから、地球にも迷惑をかけているし。

移動時間で得られる利益を、嵐で増やさなくちゃ。

月曜日, 12月 10, 2007

夜に買い物/電子レンジのこと

土、日に買い物に行かなかったので、明日の朝ごはんのネタがありません。夕飯の後、買い物に出ました。

夕飯を食べるのに時間がかかるので、子供達やお父さんが食べ終わった後も延々と食べ続けて、出かけたのは8時過ぎ。近くの相鉄ローゼン(スーパー)が夜の9時までやっています。

月曜日はお肉の特売日だそうで、豚ヒレ肉と、鳥の水炊き用を買いました。鳥はわりと柔らかいし、豚は先日豚カツ屋さんで、ヒレ肉が一番柔らかいと教えてもらったから。これまで豚カツは食べられないと思っていたけれど、そこで食べたヒレ肉豚カツは柔らかくて食べられたのです。

あとは水菜と、スナップエンドウと、もやしと、食パンと、ヨーグルトと、ベーコンと、娘のお弁当用の冷凍のから揚げと、特別価格1個105円になっていたりんご5個と、おやつ用のビスケット類と。

冷凍のから揚げは、コーナーのはじっこの「無添加コーナー」に置いてある、合成調味料・保存料無添加のもので、オーブン調理可能なものを買いました。

改めてチェックしてみたけれど、やっぱりここのコーナー以外のはどれも調味料(アミノ酸)入りで、電子レンジ専用が殆どです。

電子レンジとタンパク質の事は書きましたっけ。

タンパク質は高分子で、右と左があるのです。よくは分からないんだけど。L-グルタミン酸、とか、言うじゃないですか。あのLというのは、左のことです。多分、高分子が左巻きか、右巻きか、ということ。

それで、動物のタンパク質は全部左型だそうです。それが、電子レンジにかけると、半分は右型になってしまうんですって。

分子レベルでガサガサガサっと、ゆすってしまうので、巻き方が壊れてしまうんでしょうかね。

この、右型のタンパク質を左型に変える酵素はまだ発見されていないそうです。だからから揚げを電子レンジで温めると、半分は人間が食べても使えないタンパク質になってしまうわけです。

これを教えて下さったのはNPO法人癌コントロール協会の、とある先生です。早口で口頭で話されただけで、出典や資料はありませんでした。細かい所は不正確です。ゴメンナサイ。

これを聞いた時にはショックでした。電子レンジ、便利なのに。

タンパク質が半分しか使えないものになってしまうと聞いても、時間が無いと使うこともあります。でも、できるだけオーブンやフライパンを使うようになりました。

夕食後の買い物で、重たくてくたびれた、と書こうと思ったのに、寄り道の話が長くなりました。

スナップエンドウのスジをむいて、明日の朝ごはんは何とかなりそうです。

おやすみなさい。

日曜日, 12月 09, 2007

冬のおでかけ:温泉の予約

年末も近づいて、年賀状や年末・年始の予定・手配はお済みでしょうか。

年末・年始の予約が埋まるのは早くて、とっくに埋まっています。実家へも交通手段が既に予約がとれず。
例年、混雑するこの時期にはあまり一生懸命帰る努力をしてません。

温泉に行こうと思ったのだけれど、年末は予約が取れませんでした。おまけにお父さんは、「大掃除が終わってから行け。」って言うし、娘は「お母さんと温泉なんか行きたくない。」って言うし。

娘の方は部活で忙しいので、年が押し詰まらないうちに息子と私で温泉に行く事にしてしまいました。まだ行ったことのない、伊香保温泉です。クリスマス前だと、まだ空いていましたよ。

金曜日, 12月 07, 2007

女性エンジニアはいい職業か。

エンジニアという職業は女にとってどうなんだろうか、という問いに対して。一般的にはいいと思います。

食べていけます。実力次第で思うような仕事ができます。男女差も比較的小さいです。組合がある会社なら雇用も安定しています。会社の子育て支援も普通にあります。

私がいるグループ(一般的な『課』に当たります)では4人居た女性が、この度私が去るとゼロになりますが、これはこのグループが多分特殊なのです。うちの組織の開発の最前線の最先端を引っ張る役目でした。いつも無理難題を言われていました。

私より前にうちのグループから隣のグループへ移った女性がいますが、その人の今の上司は女性で、そこには他にも女性が数人居ます。うちのように女が居なくなったグループがある一方で、女が集まっているグループもあるわけです。そこも最先端の開発をしていますが、部分的な最先端。

私にも覚えがありますが、特定分野に特化して掘り下げたいのです。時間的・人的な広がりに制限があるので、不足なく他の関係者との状況のすりあわせをして仕事を進めることが難しい。全体の最前線に寄与するには、ボーイズ・ネットワークに迷惑をかけがちになってしまうのです

特定分野を極めるのは楽しいです。でも他方で、今は、「それはミッションじゃない」と上から言われた意味も分かります。部分的にいくら極めても、全体を見るような課長、部長、所長へとつながる視野は開けない。女は専門職、と限られるのではなく、いずれは女性の部長や所長も出てきて欲しいと思います。

でも、隣のグループへ移った女性のように専門職的な行きかたもあるし、私が今度移ろうとしている特許関係も一種の専門職。辞めないでよりよい状況を求めていれば、女性エンジニアの道は開けていくと思います。

高給取りになることは望めないかもしれないけど。以前も書いたように、ライバルは欧米だけでなく、中国、台湾、韓国、インド、東南アジア、などのエンジニアです。彼らと肩を並べるような給料でも不思議ではないです。うちは製造業ですが、IT業界でも同様です。うちの会社の女性エンジニアも既婚者はほぼ例外なく共働きです。

でも今は、どのサラリーマンの奥さんも子供が小学校へ上がったらパートに出ない人はまず居ません。それはPTA役員をやれば分かります。ダンナさんの給料だけでやっていける人は少ないのです。女性エンジニアは、パートの収入よりは大分多い収入を得られます。今はまだ年功序列の制度が残っていて、多くの男性と平均では差があるものの、高給取りではない女性エンジニアの給料も年を重ねるごとに増えます。

但し、派遣エンジニアは厳しい場合もあるでしょう。今は景気がよくなり、採用も増えています。中途採用もあります。私が就職したのもバブルの最後尾の頃で、あのタイミングでしか雇ってもらえなかったと思います。あの前も、あの後も、女性の就職は殆ど絶望的、とか、言われたものでした。拾ってもらえてラッキーでした。

3年も休んでもまた仕事をさせてもらえるのだから、良かったです。

木曜日, 12月 06, 2007

知財協研修3日目:ペコちゃん焼き

今日は、知財協(日本知的財産協会)の研修の3日目でした。知財というのは特許のことです。はるばる電車を乗り継いで、飯田橋まで行きました。

今日の研修は最高でした。内容が具体的で、分かり易く役に立ち、テキストも良く出来ていました。さらに、講義も歯切れ良く、午前も午後も予定より30分ほど早く終わってくれたのです。わ~い。

飯田橋で研修がある、と話したら、同僚が『ペコちゃん焼き』のことを教えてくれました。日本中で飯田橋の不二家でしか売っていないそうです。行列になってますよ、とのこと。先日の(と言っても1月ですが)品質管理問題以来販売中止になっていたそうですが、復活して話題になり、テレビなどでも紹介されたらしいです。

   
お昼休みが長くなり食事の後に時間ができたので、行ってみました。飯田橋駅の近くに不二家があり、ペコちゃん焼きの文字が見えました。6,7人が並んでいました。混雑のため1人18個まで、と書いてありました。どっさり買って行く人がいるようで、あずき、クリームチーズ、いちご、マロン、の特定のものがごっそり無くなっては、その場で焼いたものが補充されていました。種類の名前は一部うろ覚えです。家族と自分のお土産にあずき味を買って帰りました。

家に帰ると子供達はお腹を空かせています。夕飯ができるまでお待たせしてしまうので、お土産が役に立ちました。サックリパリッとした甘めの皮で、美味しかったです。

水曜日, 12月 05, 2007

片付けなど(女性エンジニア日記)

今日は元の職場の方で定例会議がありました。先期、今期の業績とボーナスのことなどなど。

元の職場で何か用事があると、通勤が近くて助かります。ついでに、書類の整理などしました。

まだ元の職場に籍はあり、1ヶ月ほどは今までの机や棚を使わせてもらえる予定ですが、いずれ今までの書類の殆どは捨てねばなりません。

もう使う予定のない資料はバサバサと捨てますが、捨て難いものも色々あります。

海外出張のついでに寄った大学で、会わせて頂いた仙人のようなインド人の教授がありました。生きた伝説のような方です。頂いた論文や、個人的にして頂いた講義のメモ、到底捨てられません。

書きかけて仕上がらなかった論文のメモや資料、大半は捨てられるけれど、愛着のある分野のものは、やはり捨てられません。

私は仕事を変えていったいどうするつもりなんだろう、と、考えました。丸っきり変えるのなら、全部捨てればいいわけです。でも、一応技術に関係のある職場に行くことにはなったし、開発の現場から離れるのなら、開発に囚われずに好きな分野は趣味のように(?)追いかけることができるかもしれません。急いで全部を捨てることはない、と考えることにしました。

出した特許関係の資料も、これらは実務上捨てられません。結構多いです。ダンボール箱が要りそうです。

私が計画して私が作った試料で、いつの間にか(私が海外勤務している間にですが)他の人たちが分析を企画して実行し、結果報告会にだけ私を呼んでくれた時の資料も出てきました。こんなこともあったなぁ、と、思い出しました。
彼らは大人数、私は蚊帳の外、でした。先日の、『上司とうまくいっていない同僚』の話を思い出しました。彼女も私も、同じようなことを経験しているのかもしれません。
見事なデータで、見ていると感慨深いですが、今となっては古いデータ。捨てようかどうしようか、迷いましたが、代表的な図面だけとっておくことにしました。

男達は、ごはんを食べながら、無駄話をしながら、廊下ですれ違いながら、電車に乗りながら、集団で事を進めているのです。女はそれに乗れないこともあります。(女は女同士の結束を固めればいいのです。)

単行本も、考えてみると基本的な重要なものと、手放してもいいものとがあります。いくつかは手放さない方がよさそうです。

私が導入した装置、ウン千万しましたが、廃棄することになりました。もう古いし、私が休職している間は使う人が居なかったのです。これだけの予算をもらえたのだから、会社にはよくしてもらったと思います。

作った試料も、可也の予算が必要だったものです。作らせてもらえたのは、大したことだったと思います。まだ捨ててないけれど、これらは捨てねばなりません。

米国駐在中の共同開発相手の試料、他社に属する情報が入っているので、全部を自分で確実にシュレッダーにかけなければなりません。所々に出てくるのでドキッとします。うっかり捨てて訴えられたら大変です。もう古いからそんなこともないだろうとは思いますが。普通の社内資料はリサイクルセンターでおじさんがシュレッダーにかけてくれるのですが。

米国駐在の記念品や写真、捨てられません。

そんなに新しい職場へ持っていけるかしら。

まだ本当に移動するのは先ですから。

火曜日, 12月 04, 2007

焦げちゃった

くたびれるとロクなことはありません。

今日は夕食後にオートミールとバナナのマフィンを焼いたのですが、真っ黒焦げになってしまいました。温度を間違えたのか、時間を間違えたのか。

車の運転をしたら事故りそうなモードです。調整が必要。

新しい方の職場に2日行きましたが、新しい机の向こう三軒、両隣、後ろの席、みな、知らない方ばかり、一通りご挨拶しました。後姿は近寄り難いですが、お話してみると皆さん近づき易いです。でも、やっぱり座っているだけで疲れます。

特許の権利化担当の方々は少し席が離れていますが、そこには今までにお世話になった方々が何人もいました。特許を書く立場の時にお付き合いがあったのは、権利化担当の方々だった、と、最近知りました。

最近登録になった大きな特許の権利化でお世話になっている方も同じ部屋にいました。移って来る予定です、と言ったら驚いていました。継続出願の手続きをまとめるのが楽になる、と思ったようです。技術部から特許部へ移ってきた他の方も、自分の特許については技術部と連絡を取りながら自分でも対応をしているそうです。私もそうできるのかもしれません。

パソコンの設定や仕事上のメール設定、イントラネット・インターネットの設定を一通りやって、仕事が始められるようにはしました。1件だけ貰って、結構うまく調査ができました。でも、くたびれて、まだあまり貰いたくないので、あとは今までの練習調査の整理などしました。

新しい上司も、ゆっくりやればいいから、と言ってくれて、他の課題はまだ無しです。助かります。

月曜日, 12月 03, 2007

スペインも(ニノの日記より)

ドイツ人やフランス人のお昼休みはビールを飲んでいたり長かったり、ということを昨日書きましたが、スペインもそうらしいです。

ジャニーズウェブ(携帯サイトです)に嵐の二宮和也さんの『ゲーム日記』というブログがあって、毎日更新してくれています。数日前からスペインに行ったと書いてくれていました。どうやら、今日帰ってきたようですが。

ニノの昨日の日記によると、スペイン人も昼間っからビールやワインを飲んでいて、お昼休みは2時間くらいあって、家に戻ってお昼ごはんを食べ、その後仕事に戻るそうです。

2時間あれば、後遺症で超スロー飲食の私もゆっくりご飯が食べられるのに。通勤が1時間以上なんてこともないんでしょうね。いくら2時間あったって、家が遠ければ帰れませんから。

私が米国勤務していた時も、お昼休みは1時間だったけど、外の保育園に毎日通って娘に授乳してお昼を食べて遊ぶのに何の束縛もありませんでした(子育て日記の方に書きました)。同僚の中には毎日サンドイッチを買って昼休みにゴルフに行ってる人もいました。家に帰って食べている人もいました。

ドイツ人の同僚達は夏休みを2ヶ月とってました。休んで、休んで、仕事の事を忘れるまで休まないといけないんですって。もちろん、戻って来てからもきっちり仕事していました。

就業時間中に外に乳幼児健診に行ったり、歯医者さんに行ったりするのも許容されていました。「そういう事が従業員にとって大事だということは会社は理解しているから許されている」と説明されました。私が居た会社だけかもしれないけれど。

日本は(うちの会社は)管理、管理でガチガチです。外に出たら一々勤務表に書かねばならない。実際、やる人はいません。

よくぞ、この中に適応してやってるもんです、かく言う私も。

だけど、いい加減さ、というか、ゆとりのある『遊び』の要素は大事。遊び、と言った方が、『いい加減』ほどにはいい加減に聞こえないですね。

日本人には遊びが欠けてますね。カジノもないし。

団塊世代が大量退職した後、遊んでもらうために、カジノを作ればいいんじゃないかな。若い人の就職先にもなるし。

日曜日, 12月 02, 2007

いい加減の効用

本格的仕事復帰へ向けての、身につけねばならない『何か』があるかな、と考えていたのですが、うまく言えないけれど何か『いい加減の効用』のようなものが、大事なのではないか、と思いました。

通勤1時間半x2の3時間を毎日、短時間勤務とは言え、5.75時間勤務を毎日、という暮らしを全力投球でできないのは当たり前という気がします。家事もあるし。まして通常勤務でできるわけがない。(以前は残業までやってたけど。)

3時間だって、全力投球したらくったくたになるのに。

思いっきりやった後、リラックスできるような場所が会社の中にあるわけでもなし。タラタラととにかく時間をそこで過ごすことが前提になっているのです。今の会社は。

ヘンだけど、そう要求されている中で生きるには、それに合わせなければしょうがありません。

いい加減は大切、と思います。グローバリゼーションで、価値観は多様なのだから。謹厳実直だけが世界ではありません。

最近つくづくそう思った理由が二つ。先日、映画の「エディット・ピアフ」を見ました。フランス映画です。下町育ちのシャンソン歌手の一生の映画です。下町育ちということもあるのだろうけれど、フランス人の冗談好きは、真面目で勤勉な日本人とは気風がかなり違う感じです。

フランス人も癌になる人は多いらしいですが、お酒や甘い飲料など食生活に依るものが多いらしいです。日本人は生真面目さとストレスに依るものが多いらしい。日本の職場で昼食時にお酒は飲めないけれど、米国で勤務した時に一緒だったドイツ人は昼食時にビールを飲んでいました。フランスは、昼休み自体がかなり長いのではなかったっけ。
フランス的な気風は、多分あまり癌になり易くないのかもしれない、と思いました。

もう1つは、最近のロシアについての講演録を読んだのですが、ロシア人の気風も自由奔放的な所が強いらしいです。だから、帝政ロシア時代は帝政で(殆ど知らないのでちゃんと書けないけど)、ソビエト連邦時代は共産主義で、強力に人々に枠組みを与える必要があったらしい。で、ソ連邦崩壊後、本来の奔放な素の民族性が出てきている、という講演でした。(ちゃんとした紹介でなくてごめんなさい。)

東南アジアも、以前旅行で一緒になったフィリピン人はかなりゆっくりで目盛りのはっきりしない体内時計で動いていたし、東南アジアにいる弟の会社の従業員の感覚も、日本人よりかなり自分中心的らしいです。でも、それは極めて人間的に自然なのじゃないかしら。

大体、キリスト教とイスラム教と仏教とヒンズー教と、その他色々な考えの世界中の人が仲良くしなければならないんだから。   いい加減な話ではなく、いい加減は大切。何だか、書き方が間抜けです。落語で芯を形成した樋口強さんみたいにバッチリとは表現できないですが。

土曜日, 12月 01, 2007

暖かくして

『ゆたぽん』を電子レンジで暖めては、お腹にのっけたりひざにのっけたりしています。暖かいです。
去年買って、去年も連日使いましたが、壊れていません。布の袋がついていて、レンジでチンした後それに入れて使うようになっているのだけれど、使いにくいので布袋は使わずにそのまま使っています。






癌は卒業ということがなく、いつまでも再発の可能性はある、というものらしいですが、再発しないためにはどうすればいいんでしょうね。

まぁ、治療(放射線、抗癌剤、手術)をして以来、ずっと考えてきたのですが、統合医療やサイモントン療法を受けて、だいたい今は再発無しに落ち着いた生活になったのですが。ここで職場復帰をして、何か、もう一歩、何かしなくちゃいけないことが、あるのか、ないのか。。。まだ、万全という気分になりきれないところがあります。

体力的な事を考えると遠くの職場には通いたくないけれど、仕事をしないよりはした方が、精神衛生上はよさそうだし、経済的にもその方がいいし、多分子供への影響もその方がよさそうです。
だったら多分、健康にもその方がいいのかもしれません。。。。 健康にいい状態での、仕事の仕方でやらないといけません。

職場を変えるのは、多分健康にいいはず。今までの職場では私はゆとりがもてなかったから。

明後日からは原則的に『遠い職場』の方に通うことになりました。所属は今のままで、毎日近距離出張です。今までと同じく短時間勤務で、但し通勤時間が増える、という状況です。正式に所属を移す前の、お試し通勤ということです。

ついつい、仕事でスピードを出しすぎてしまう癖があるので、通勤時間が多い方がブレーキになっていいでしょうか。  そういう風に思うことにしましょうか。
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