木曜日, 3月 31, 2011

期末です。

3月の末日を迎えましたがお仕事をされている方々、無事に期末を迎えられたでしょうか?

私は今期を乗り切りました。今週は結局停電がなかったので助かりました。

社食はメニューがカレーだけだったりしてますけれども。いつもは定食と小鉢もあるんですけど。

早めに売店に走ってお弁当やサンドイッチを確保したりしています。一時期よりは、駅のそばのパン屋さんにも朝でもサンドイッチがあるようになっています。いえ、買占めたいというわけではなく。

ところで、テレビの保険のコマーシャルが、あ、アフラックだ、がん保険だ、ナレーションが暗いな~、そこまで暗くしなくても、、、と思ったら、翔くん(嵐の櫻井翔)だった。もぉ~~~。

がん保険の保険金をがっぽりもらって、代替医療や初めてのサプリメントや鍼治療や心理療法(サイモントン)など、色々新しい体験をして、すっかり治ってしまう、というために、がん保険があるんだよ。私にとってはそうだったんですけれども。

もうちょっと明るいナレーションにして欲しいもんです。

水曜日, 3月 30, 2011

コメント管理のこと

しばらく前からbloggerというここの投稿システムにコメントのスパム管理というのが導入され、勝手に機能アップされました。スパム(迷惑コメント)を自動的に判断して、表示しない、という機能なんです。

ところが、内容のどこがスパムなの??ということがたびたび起こっています。表示されなかった方々、すみません。気づいたら手動で表示に変更しています。

しばらく前にもこれに気づいて、機能をオフにしていたつもりなのですが、先日もマドレーヌさんのコメントが表示されていなくて、手動で表示に変更しました。

で、機能設定を見ると、やっぱりスパム機能はオフにしていると見えるんですが。オフにしていてもオフにならないみたいな、です。

ここは病気の話だったり、私の書く内容がひねくれていたりするためか、頂くコメントをbloggerが勝手にスパム扱いして非表示にしてしまうことがあるようで、すみません。

すぐに表示されない時には「またか」と思って暫く待ってて下さい。気づいたら手動で表示にします。コメントはいつでも歓迎です。

春休みで暇な元小6新中1息子せんべいは、今日は一日中「怪物くん」のDVDを見てたそうです。




金曜日, 3月 25, 2011

売り切れのわけは

暖房停止で会社の居室が寒いのですが、コーヒーを飲むための電気ポットも使用停止になっています。

で、自販機のを飲もうとしたら、職場中の自販機が売り切れです。

みんな同じ行動をとるんだなぁ。

お米やパンがお店から無くなったのも、同じ理由だったんだろうと思います。給食設備や社内食堂が停止になって、一般家庭で準備しなければならない食事(お弁当)が増えました。

「買占めに走らないように、お米の備蓄はあります」なんて声も聞こえましたが、そういう問題じゃなかったんじゃないかなぁ。

現に普段よりも沢山必要なんだから、備蓄があるなら早く出して!って、思ったよ。

現に買えない状態だったら、朝から並んだりして買える時には、しょっちゅうは並べないから余分に買っておこうと思うのは当然だし。でなけりゃ子供にごはん食べさせられませんから。

近所のスーパーでもお米がなくなってましたが、今日は夕方もお米を売ってました。ようやく落ち着いてきたのかもしれません。

地震がらみで休みになったり、計画停電になったり、してますが、仕事は期末にかかっています。

各国特許庁も日本からの出願手続きについて、地震がらみの期限遅れは寛大な配慮をして下さっているようです。日本特許庁も同様。

だけど私の特許調査件数ノルマは減らないんだろうな~。

ていうか、調査の質は最低限しにしても件数だけはキープしろ、とか(調査の質を見ない人に)言われるのが嫌だから、やるつもり。

被害に合わなかった方々、計画停電の中であっても、せっせとお仕事しましょう!

水曜日, 3月 23, 2011

計画停電

地震後十数日たって、電車はところどころ本数が減りつつも、安定して走るようになり、ほぼ安心して通勤ができるようになりました。行っても帰って来られる、って感じ。

但し計画停電がありまして、時々電気が止まってます。当初は会社も休業になったり、半日休業になったりしました。

が、先日、停電でも普通に勤務せよ、懐中電灯を持参するように、って、ジョークのようなお達しがありました。

でもジョークじゃなかった。懐中電灯では仕事はできないので、停電時は窓際で自然光でやってます。外出したり休んだりのひとも多いです。

さらに、停電でない時も、節電のため暖房禁止になりました。寒いので通勤時のコートを着てやってます。

オフィスの冷蔵庫も終日停止になり、電気ポットも止められてお茶が飲めなくなりました。自販機は停電時以外は動いていますが。

でもそれよりも困るのが、停電の前数時間と、後数時間を含め、ネットワークやサーバーや仕事上のシステムが使えなくなること。検索システムを使った特許調査の仕事ができなくなります。

昨日も今日も、システムが動いている間にだ~~~~~~~~~~っと検索しまくって、調査結果のためのネタを集めました。システムが止まったら、停電になるまでの間にできるだけパソコンで報告書を作り、停電になったら、調査結果の束を持って窓際で整理したり報告書の筋書きを考えたり、という風にやってますが。

疲れた。

もう寝よう。

頑張ろう日本!!

月曜日, 3月 21, 2011

確定申告

大地震から10日を過ぎ、まだまだ甚だしい被害に圧倒されていますが、動ける人間は普通の生活をできるだけ進めて行かねばなりませんね。

うちの子供たちの剣道の試合も中止になり、楽しみにしていた旅行も中止になり、春休みのかくし芸大会も中止になりました。
節電ということで学校開放も中止になったため、普段の剣道の練習も中止になりました。
日頃開設されている公園のプレーパーク(市で援助している遊び場プログラム)もずっと中止になっています。

小6息子せんべいは、色々中止になるし、電車で遠出することも親から禁止されてしまったので、ナンプレ(数字パズル)に嵌っています。そこそこ機嫌よくしてくれていますが、子供たちの活動はできるだけ可能になるように、支えていきたいと思います。

大地震が11日で、確定申告締め切りの直前でしたが、医療費控除の申告など、皆さんお済みだったでしょうか?

もう締め切りが過ぎているのですが、私も大地震以来呆然としてテレビばかり見てしまい、まだ確定申告をしていませんでした。たぶん、そういう人は多いのではないかと思います。

今回は特別だから、ちょっとばかり締め切りを過ぎていても受け付けてくれるのではないかなぁ、と思って、今日、申告書を作っています。国税庁のホームページの22年度確定申告書作成ページは開いていて、申告書作成可能なので。

自分のやることをいつも通りにやりましょう。ちょっと遅れてもいいかもしれないので。

日曜日, 3月 20, 2011

昼食難民と米、パン

大地震から10日目となり、この3連休は計画停電もなく、横浜も徐々に落ち着いてきている感じです。

近所のスーパーは計画停電に合わせて時々閉まっていますが、今日は照明を減らして営業していました。スーパーには今日もお米がありませんでしたが、近所のお米屋さんには残っていました。

お米が無くなるのは買占めというわけでもなく(そういう人もいるかとも思いますが)、我が家の場合は実際に普段よりも多くお米が必要になっています。

というのは、停電の影響や給食の材料が揃わなくなるなどの理由で、学校の給食がなくなって、小6息子せんべいにお弁当を持たせないといけないんです。

せんべいはいっぱい食べるので、地震以降、普段よりざくざくとお米がなくなり、買いに行きましたがどこも売り切れでした。

ちょうど、停電のお陰で会社が休みになった日があり、開店直後だったらあるかもと思って開店前のスーパーに並びに行きました。

でも開店十分前に行ったらもう数十人並んでいたので、作戦を変えて近所のデパートの方に並びました。

開店直後のデパートの地下の食品売り場のお米が買えました。普段よりも高いお米を買っちゃいました。

私の職場の社内食堂は普通に営業していますが、事業所によっては地震以降社内食堂を閉めているところもあります。

パン屋さんのパンもどこも無くなっているのですが、お昼を食べられなくなったサラリーマンなどで、普段買わない人が買っているということもあると思います。

先日は無事にせんべいの卒業式を終えました。当日は計画停電もなく、ありがたいことに無事にお別れパーティーもできました。

PTAの役員のお母さんが、今、地震の被害のために卒業式もできない子達も、まして卒業記念のパーティーなどできない子達もいっぱいいることを忘れずに、感謝して、食べ物を残さないように、と挨拶してくれました。

本当に、無事に卒業の日を迎えられたことに感謝です。

卒業後もお弁当の課題は続いているんですが。

お米が無いなら送ってあげるよ、と、おばあちゃんからも、他にも知り合いの方からも、電話を頂きました。

ひとまずは送ってもらわずとも、近所でなんとかなりそうです。

水曜日, 3月 16, 2011

携帯が壊れてました。

地震が起きた先週の金曜日に、たまたま私の携帯が壊れたんです。画面が真っ暗で何も見えなくなっちゃったの。

会社からも帰宅の際にも、家族との連絡は携帯ではできませんでしたが、公衆電話に何度か並んで何とかなりました。

それは何とかなったのですが、その後私にメールや電話を下さった方、すみません、全く対応できていません。

昨日、漸くauショップに携帯を直しに行きました。修理に出し、代わりの携帯を借りたので、今は受けることができます。壊れていた間に来たメールや電話は見れないとのことで、まだ見れていません。

下さった方がありましたら、ごめんなさいね。親戚やご近所には連絡を取りましたが、それ以外は特に連絡をさしあげていません。

ちなみにauショップの方も、電車で来るルートの人は出勤できないらしく、人が少なかったです。
でも、お兄さんが、電話で問い合わせにそう説明しながら、妙にテキパキと対応してくれました。出勤したからにはオレが完璧にやってやるぜ、みたいな感じでした。

修理には普段より時間がかかるだろうとのことでしたが、いずれ直って戻ってくると思います。

被災地の被害が大きい分、動ける人間は一生懸命仕事しなければいけないですよね。

日本中でがんばろ~。

話がずれましたが、メールなど下さったけれど私の返信がないという方、そういうことですので、すみませんでした。

火曜日, 3月 15, 2011

助けを求めましょう

うちは横浜なので、今回の地震では、東北の方々の被害の大きさとは比較にならないような殆ど無傷ですみました。それでも、先日書いたように帰宅難民は経験しました。

その時に感じたのですが、困難な状態に遭ったら、助けを求めた方がいい、と思います。

避難場所になっていた夜中の地下街で、女性一人の方たちで、立ったまま、凍りついたように緊張している方がありました。無理もないけど。

話しかけた方がいいかなぁ、とも思ったけれど、こちらにも余裕がなくて、わざわざその女性の所まで行って話しかけることもできませんでした。

結局、横にやってきた年配の女性に話しかけて、私が座っていた同じダンボールに座ってもらって、救援物資の毛布も手に入れることができ、色々相談したりして、私は心強かったです。年の功のある年齢同士で助け合っちゃったという感じです。

そう言えば、その前に地震の直後、JRのシャッターが下りた改札の所で、いずれ動き出すのではないかと3時間くらい待っていたのですが、その時にも年配の女性二人組みと、私と、もう1人のそこそこ年配の女性とで、新聞紙を分け合ったり情報交換したり、おしゃべりして過ごし、助かったし心強かったです。おばさんは自然と集まって助け合ってしまいがち、という感じです。

地下街でのあの女性は一晩中立ったままだったのかなぁ、と気になるのですが、そんな感じの人が何人が見受けられました。

避難場所とかでは、けっこう、「誰かを助けたい」と思っている人がいるようです。地下街では足の弱った老夫婦もおられましたが、若い人が声をかけて階段に場所をあけて座らせてあげていました。

立って腕を組んで怖い顔をしてこっちを見ているお兄さんもいたのですが、どうやら、私と一緒にいた二人が居なくなってしまって、1人残った痩せこけてほっぺたも凹んでいる私の事を、多少とも心配してくれていたのかもしれません。年配女性が私の横に来てから怖い顔で見られなくなったような気がしたので。

若い女性が緊張した様子だと、声もかけにくいですが、実際危ない目にあう可能性もあるので、気を緩めるわけにもいかないかもしれません。

でも多くの人は誰かを助けたいと思っているので、助けを求めましょう。

月曜日, 3月 14, 2011

ひとりじゃない

ひとりじゃない、って言ってくれてる。
涙が出てきちゃいます。

土曜日, 3月 12, 2011

帰宅難民

地震、大変ですねぇ。想像できないような被害です。

知り合いの方で実家が仙台の方があるのですが、その方のおうちはみなさん無事だったとのことでした。断水しているだけとのこと。断水でも大変だけれど。

私やうちの家族はみんな無事ですが、帰宅難民になっちゃって、それなりに大変でした。

電車はすべて止まって、バスを乗り継ごうと思って3時間以上並びましたが、結局バスも来なくなりました。お迎えの車などのためらしく、渋滞して、動かなくなったそうです。寒かった。家まで歩くと10時間以上かかります。道もよく分からないし。歩く気にはなりませんでした。

結局、駅の地下街が避難所になっているという情報を教えて頂いて、地下街に行きました。既に人がいっぱい、階段に座ったり、壁際にダンボールを敷いて座ったりしていました。地下街に暖房が効いていたのがありがたかったです。

地下街のお店もみんな閉まっていましたが、一軒だけ少しシャッターが上がっているお店があったので、ダンボールがありませんかと聞いてみたらダンボールをもらえました。バスに並んでいる間に知り合いになった方たちと一緒に、柱の前にダンボールを敷いて座りました。

どこかホテルを探して一緒に泊まりましょうか、と話していたのですが、もうここでいいや、と地下街のダンボールの上で夜明かしをする態勢になり、持っていたお菓子などを出し合って少し休みました。寒い中でガタガタ震えながら立っていたので、ひざや腰が痛くなっていました。

しばらくしたら、東横線が動き出した、というアナウンスがあり、知り合いになった方達は綱島駅行きのバスに乗りに行きました。私は残りました。綱島から横浜までは行けても、私はその先がまだだいぶ遠いので。

しばらくしたら、川崎市の災害救援物資の毛布の配布がありましたが、もらいに行くと、柱の前の場所やダンボールを失ってしまうかもしれないと思って行きませんでした。壁際の場所はどこもいっぱいで、柱の前の場所は貴重だったんです。そこに居られなくなると、道の真ん中に寝ることになっちゃうから。もう乙女じゃないですが、できないですから。

でもしばらくしたら、柱の前の場所に来た別の人と知り合いになり、その人にダンボールの面積を半分使ってもらって、毛布をもらいに行きました。

ダンボールの半分の面積の上に丸くなって毛布にくるまって休みました。広げると大きなダンボールだったので。ずっと明るいままで、人が歩いていきました。3時間歩いてやっと川崎まで来た、とか、聞こえてきました。

明け方にアナウンスがあって、それが、「大きな地震があります、警戒して下さい」という内容でした。え~? 電車が動き出したのかなと思ったのに~。また動けなくなっちゃいました。

起き上がってみると、道の真ん中にもいっぱい人が寝ていました。

そのまま揺れはなく、周りの人がだんだん動き出して減ってきました。京浜急行が動き出したという声が聞こえました。

京急が動き出したとの場内アナウンスもありました。私は京急とバスを乗り継いで帰ることにして、知り合いになった方も、京急で品川の方へ帰るとのことでした。

京急の駅まで行く道すがら、その方が、ちょっとうちまでいらっしゃい、ご飯を食べて、と言って下さいました。

ありがたかったですが、小6息子のせんべいが1人で待っているので、帰ることにしました。お父さんは出張で、高1娘のたまこも帰れずに学校に泊まっていたんです。でも電話ではせんべいはけっこう平気そうでしたが。

早朝の京急はめちゃ混みでしたが順調に走ってくれました。バスも、来るまでちょっと待ったけれど、渋滞など全く無く、順調に走ってくれました。

朝の7時頃だったかな。無事に家につきました。

木曜日, 3月 10, 2011

お岩さんではなく、お福さんへ。

昨日、私の頭の中にお多福観音さまが来て下さった、ということを書きましたが、さらにすごいことに気がつきました。

お正月とかに「福笑い」をやりますよね。目隠しをして目や口や鼻を置くと、色々な面白い顔ができますね。

私もほっぺたが凹んいて、口の右半分は麻痺して動かないので、口がゆがんでいます。

今は治療技術が上がって、患者会に出ると私以外の口腔癌経験者の方々は私よりずっとまともな顔の方が多いです。でも、中には目がずれたり、目を失ったり、鼻がなくなったりする方もあります。今はプロテーゼとかも精巧なものがありますけれども。大野君の怪物くんの耳みたいなものですな。

お多福観音さまって何とも、口腔癌患者にぴったりだよねぇ。

鎌倉の大仏様も、よく見るとお顔に傷があるのね。あれは大きな仏像を作るときに繋いで作った後だと思いますが。

鎌倉の大仏様にも親近感を抱いていますが、お多福観音さまも、福笑いということがあるので、とても親近感を覚えました。

お多福さんは福笑いで顔を作りますが、口腔癌だったのかもしれない、とも、考えられませんか? で、顔はゆがんじゃったけど、幸せになったんです。

口腔癌になった後に、四谷怪談のお岩さんは口腔癌だった、という話をどこかで読んだことがありました。江戸時代には抗がん剤は無かっただろうに、髪も抜けてお岩さんは大変でした。そして幽霊になっちゃいました。

お岩さんみたいに嘆きにおぼれて恨みがましくしていたら滅びるけれど、お多福さんみたいに笑って楽しくできたら、幸せになれるんです。

信心しましょう、お多福観音さま。

火曜日, 3月 08, 2011

天啓

今朝電車の中で、啓示がありました。「お多福観音」のイメージが降ってきました。

ありがたい。

お多福観音というものがあるのだろうかと思ってちょっと携帯で検索してみましたが、その限りではないようです。

癌の治療の後、子供たちを連れて京都に遊びに行った時に、智積院というお寺(宿坊)に泊めて頂きました。お寺を案内して頂いた時に、布袋(ほてい)さんの絵がありました。布袋さんは、にこにこ笑って子供たちと遊んでいます。

にこにこ笑っているけれど、実は大変苦しい思いをした後にこの境地にたどり着いてにこにこしておられるのだ、と、案内のお坊さんが教えて下さいました。

癌の後で、自分の暮らしを何とかしなければならないと思っていた私は、あ~、私は女の布袋さんになればいいんだ、と思いました。にこにこ暮らせるといいなぁ、と思ったのです。

だけど、布袋さんは男なんですよね。いいなぁ、と思うものの、ちょっと、私が布袋さんに近づける感じは弱いんです。

その点、お多福観音、というのは、女性の神様なので、近づける感じがあります。

福を多くということで、現世のご利益もありそうですし、観音様の慈愛や正しい判断で導いて下さりそうです。

お多福さんはひょっとこさんのように、お祝いなどの時に出番の多い女性のようですが、神様ではないようです。

だけど、女性の神様は少ないので、格上げさせて頂いて私の神様にしてしまおう。

お多福観音様、信心することにしました。

月曜日, 3月 07, 2011

企業内カウンセラー

カウンセリングというのは相談相手ということですが、ちょこちょこ調べてみると、社員であってカウンセリングをするというのは、あまり無いらしいです。仕事の上でのメンターというのはあるけれど。

あとは、上司が部下の相談にのる、というのはあるようです。

企業の中での相談事というのは、何か問題を抱えていることが会社に知れたら処遇に不利になるかもしれない、という心配をするらしいです。だからカウンセリングの窓口は社内ではなく、社外のカウンセラーにつながっています。

社内で相談しないと会社が良くなっていきにくいと思うけどねぇ。

病後短時間勤務とかは、労働組合の先輩達が作ってくれた制度で、この制度があるお陰で助かっています。制度上のことは組合に相談するわけで、声が集まったら組合から会社に要請をしてくれる、という流れのはずです。

制度とは関係ない相談ごとは、保健センターや一般的な相談窓口がありますが、全部外部の相談先でした。保健師さんも社員ではなく関連会社でした。

だけど、うつ病の方とかは、長期で休んで復帰した後、始めは急に元気に仕事ができるわけでもないから、職場の人たちも病気のことを知った上での期間はあります。「薬を飲んでいるんだ」と言って、その日はハイで、その後は落ち込む、という状態が回りでも分かったり、彼は最近また調子が悪いみたいだ、と分かったりします。

がんの人は、手術して休んだ後、何も言わずに普通っぽく仕事しているようです。でもちょっと調子悪そうだったりします。

結局、私のまわりの例だと、社内での相談相手としては上司が当たっているみたいです。

それで元気になれるのかなぁ。

私も結局、会社での相談相手は上司でしたが、それ以前に自前で社外で色々相談した、って感じです。

会社の中での相談というのは、難しいのかな。

土曜日, 3月 05, 2011

会社の社会的貢献

会社の社会的貢献は、会社の社会的責任らしく、うちの会社でも社会的貢献のプログラムがあります。

それほど利益が上がっていなくても、株価はぼろぼろでも、配当もたいしてできなくても、社会的貢献にもお金をかけるようです。途上国に学校を作ったり、寄付をしたり、いろいろ。

それで思い出すのが、学生の頃にもらった奨学金のこと。もらって嬉しかったのだけど、その後、その会社がつぶれてしまったんだよねぇ。RCAという会社で、RCA奨学金というのがあったんです。

奨学金の他に真珠のブローチをもらいました。男子学生には真珠のタイピンでした。日本の学生に奨学金を出したのは途上国支援のような感じだったのかな。

RCAの社名が、とある技術の名前として残っているということを会社に入ってから知りました。立派な会社だったんだなぁ、と思いました。今ググッてみると、色々なところに残っているようです。

つぶれてしまったけれど、社会的貢献をする立派な会社がある、と学生に教えてくれたので、やっぱり立派な会社だったと思いますし、感謝しています。つぶれた原因は奨学金を出したからではないだろうし。

がん経験者が働きやすいように支援するのも会社の社会的貢献の一つだと思います。がん経験者が働きやすい会社は立派な会社です。それが原因でつぶれるってことはないだろうし。

逆にそういう会社ほど栄えてほしいし、そういう風に整備していくのは私たちの社会的責任です。



木曜日, 3月 03, 2011

安全保証(雇用)

私は癌の治療をして休職して、短時間勤務で復職して、3年経ちました。残業はもちろんしないし、また再発などして働けなくなるリスクも他の人よりはあるわけですが、私が職場に居続ける意味は何でしょうか?

たぶん、私が働き続けていると、他の人が安心なんだよね。あんなふうになっても働き続けられるんだな、と分かるから。

だから残業はしないけれど、いい仕事をしたいなぁ。

そしたら他の病気復職者も、そうでない人も、いい仕事をしやすくなるよね。

世の中は実は癌になる人は多いので、会社の上の方の方達は実はご自分も癌経験者だったり、癌だったり、という人は多いのではないですかね。

今日は電車で隣に座っていたおじさん二人が、病気の話をしていました。普段(会社で?)は話せないけれど、腫瘍だから切ったら終わりだよ、って言っていました。

切って終わりと思って同じ生活をしてたら、癌は生活習慣病なんだから、再発しても不思議じゃないですよ、って教えてあげたかったけれど、電車で急に知らない人にそんなことを話すわけにもいかず、黙っていました。

癌患者として生活を見直して、違う働き方をしても仕事を続けられる、というのがいいですね。

うちの職場はそうなってます、と言えるといいのだけれど。

そうでもなくて、けっこう病人が出ていて、休み続けていたり、不安げに働いていたりしている方があります。

だからやっぱり私が短時間で働き続けなければね。

火曜日, 3月 01, 2011

卒業式、入学式

今日は、小6息子せんべいの中学校の制服を注文に行きました。

ちょっと出遅れていまして、出来上がるのは4月上旬とのこと。つまり、卒業式には間に合わない!

せんべいが持っている服というと、Tシャツにフードつき上着くらいで、卒業式に着られるような服はありません。

ご近所にはちょっと年長のお兄さんもいるのですが、体格はせんべいよりもかなり大きくて、借りても合わないのは明らかです。

おばあちゃんに電話して、白髪大王のお父さんの制服が残っていないか、と聞いてみましたが、残ってませんでした。そうだよねぇ。

仕方ないからレンタルか、買うべぇか、とちょこちょこ調べていたら。

子供用のスーツが、割と安くてかっこいいので、買ってもいいかな~、って。

卒業式だけでなく、結婚式があっても着られるよね、とか、相談していたのですが。

高1娘のたまこが電話で聞いてくれた男の子が、中学校の時の制服を貸してくれることになりました。

良かったような、残念なような。

早く誰かに結婚してもらおうね。その時にはせんべいのスーツを買おう!






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