自分の体にいいことをするのが、大事だと思います。他の人にとってどうかは分からないけれど、自分にとっては、何となく避けたい、という時、その気分を尊重してあげること。
プラシーボは効く、と実感していますが、プラシーボは微妙。
それは、例えば乗り物酔いの経験でも分かります。お菓子のタブレットでも、『酔い止めの薬』と思って飲めば酔い止めとして効いてしまう、ということがあります。でも、「本当は薬ではなくてお菓子だ」と知ってしまうと、せっかくの効果が消えてしまいます。
意識状態の微妙な違いが、体の状態に影響を及ぼします。
今、自分としてやっぱり近づきにくい、と感じているのが、癌の「リレーフォーライフ」です。
『土橋重隆WEBサイト』によれば、
「いまのガン治療というのは、ガンと"対峙"させているわけです。一方、"共生"ということは「共に生きる」ということです。しかし「共に生きる」と言っても、「ガンと仲よくする」ということではないのです。「共生」というのは、両方にとってメリットがあるということです。」
癌にとってのメリットは、その存在意義を認めてもらい、生き方を変えてもらう事、
と土橋さんは言われます。
そして、その役目を終えたら癌は消失する、と。
リレーフォーライフの印象は、主としては、ガンと"対峙"だと思います。様々なチームが参加するから、"共生"派も無くはないようですが。 主たる雰囲気は"対峙"のようです。
私は「自分の癌は消失した」と思っていますが(実際は手術で取ってもらっちゃったわけですが)、生き方については、まだまだ発展途上。
"対峙"の雰囲気からは、距離を置きたいと思います。だからリレーフォーライフに近づきません。
葉っぱさんについて語り合うのも、悲しさの方が強すぎる気がするし。
でも、リレーフォーライフが力になって治療の励みになる、という方も沢山あります。
それぞれが、自分の体にとって良いことをするのが、よいと思います。癌との付き合い方は、患者の数だけ千差万別だから。
3 件のコメント:
今朝うちの神戸新聞に来月行われるリレーフォーライフ芦屋に関する記事が載ってて、
やっぱり違和感を覚えてたので、ぴょんさんの下から2行の文には大いに頷いたのでした。そうだよね、うんうん。
あ、名前入れ忘れた。
わかったかもしれませんが、私は奈津子です。
奈津子さん、コメントありがとう。なかなか微妙なので、賛成して下さると嬉しいです。
でも、私とあなた以外にも、それどころかRFLに参加している方にだって、"対峙"の姿勢とは違う、って思っている方はあるのよね。参加していてそれを維持できる人は、それだけ強いのだと思います。
悲しみも、正面から対峙してぐしょぐしょになって乗り越える、というやり方もあるけど。
葉っぱさんは癌に対峙して、賢さと優しさで他の人まで支えて、皆で癌を乗り越えようとしていた人だったのではないかと思います。RFLを立ち上げた1人であることからもそう思えます。どの方に対しても、優しく的確なコメントを欠かさず返す葉っぱさんの姿を見ながら、実は私は悲しかったです。そこまでしてて、支えきれるの?と、いつも思っていました。だからエントラルのバナーもここには貼る気にならなかったんだよ。
だけど、『今の癌医療は対峙』なのだから、彼女はその中での最善を尽くしたのよね。
医療は進歩してるし、その中で完治する人も増えているのだから、その枠の中で最善を尽くしたのは素晴らしい生き方だったと思います。
今、葉っぱさんが神様と相談しているなら、何が正しいのか、教えてほしいです。
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