水曜日, 9月 15, 2010

普通の日常を応援したい

癌になったら、まるで人生終わりのように感じてしまうことがありますよね。大抵の人は落ち込みます。

もう、ず~ん、っと、数ヶ月とか、もっと、とか。

それから治療しますが、浮かび上がれる人もあるけれど、なかなか浮かび上がれない人も多いはず。

治療して癌がなくなっても、再発は誰しも不安で、それは一生続く、ということになっています。

だけど、必ずそんな悲惨なことになるとは限らなくて、癌になった後にも普通の日々は続いています。

かえって、癌になったお陰で日常の色々なことに敏感になり、生き方をみつめて、それ以前よりも健康的で充実した日々を送るようになる人もいます。

川竹先生のウェラーザンウェルの考え方とか、有名です。サイモントン療法も強力です。安保先生の免疫のお話もあるし、帯津先生のホリスティック医療も有名です。そういう特定のものに深く傾倒しなくても、治療の後に以前よりも健康に気をつけるようになって、そのまま再発せずに過ごしている方もあるでしょう。

癌が色々であるように、それぞれの人にとって必要なものも色々なんだと思います。ただ、とにかく癌の後の不安感が大きすぎて、そこのサポートが何もないに等しいですよね。

何もないわけではなく、川竹先生と安保先生と帯津先生とサイモントン先生はそこを埋めて下さっているわけですが。あと森山先生の分子栄養学(だったっけ)とか、他にもおられるかもしれません。さ迷って一周しちゃいましたが、そういう人は多いのではないでしょうか。

私は結局分かったのは、普通に楽しく暮らす事が大事なんだ、ということ。そう分かってみて、最近、癌の後の人の普通の日常を応援したい、と思うようになりました。

癌の後に普通の日常を暮らそうというのは、人によってはできることだけれど、人によっては難しい。嘆き悲しむことに浸ってしまう人もあります。体が癒えるだけでなく、心も癒える必要があります。そのための課題は、人それぞれ。

人それぞれだけれど、命がないと思ってどん底に居た経験は、どん底について誰かの参考になるのではないかと思います。

やっぱり、気管切開とかは、苦しかったです。それでも、同じ病室の別の方はずっと気管切開を閉じないまま元気に退院して、閉じた私よりも元気そうだったので、私よりもどん底で私より元気な人は居たわけですが。

もっとどん底に行って亡くなった方もあるわけだけれど、死んだ人がみんな悲惨だとは限らない。何人かの人を見送りましたが、亡くなった時に悲しいとばかり連発するのは、その方に失礼なのではないかと思うようになりました。よく頑張って人生を終えた先輩を称えて、その人の人生があったことを喜ぶ姿勢も必要だと思います。

そんなこと言う自分は年をとった、ということではありますね。若いときには悲しさに浸ってたものでしたが。

その方との近さにもよりますが、あえて言えば死ぬことも日常のひとコマ、かな。ちょっとヘビーだけど。

最近写真に言葉を入れたカードを作っているのですが、実は売りたいと思っているんです。でもどうやればいいのか分からないんだけど。

ちょっとした図形に言葉を入れたカードも作っています。15枚くらいになったかなぁ。

例えば、飛行機の翼の下に雲の中の富士山が見える写真のカードを見て、飛行機が空気で支えられているように、自分もたくさんの人や色々なものによって支えられている、と思ってほしいわけ。

どうやって売ればいいでしょうか。

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