生きてるだけで丸もうけ、って言いますが、それは自分についてのことだよね。
同じように、子供については、いてくれるだけで大感謝、だと思いました。
ついつい、色々小言を言ったり心配したりしてしまいますが。
いてくれたら、それを喜んでいたら、何とかなって、結局たいていは心配はいらないのだと思います。
生まれた頃にはそんな風に思っていたはずなのに。
最近は居てくれていることへの感謝を忘れていました。
たまこ、せんべい、ありがとう。
考えてみたら、いてくれるだけで嬉しい。
白髪大王(お父さん)もついでに、ありがとう。
~誰かが誰かを支えているんだ~
口腔がんの手術をしてもう8年が経ちました。元気です。癌は病気自体や治療の知識も大切ですが、治療の後に元気で過ごしているという情報も大切だと思い、ブログを続けています。がんのメッセージを無駄にしないよう、楽しく再発なしの生活を探る毎日をつづっています(統合医療、サイモントン療法、後遺症、通院、など)。同じような立場の方の参考になれば幸いです。
癌になってからの初期の体験や術後に近い記事は、サイドバーの『以前のブログ』のリンクにあります。
口腔癌(上歯肉上顎がんIV期リンパ節転移あり)の顛末などはサイドバーの『以前の記事』にあります。
月曜日, 2月 28, 2011
金曜日, 2月 25, 2011
社会復帰前の短時間勤務
癌の後に会社に復帰する人のカウンセリングとかができるといいな、とかって、以前書いたような気がするのですが、自分が癌の経験があるというだけで、人の相談に乗れるってわけじゃないですねぇ。
ちょこちょことググッてみると、自分が病後社会復帰についての知識なんて何も持ってないことが分かりました。何を今更、ですが。
病後の社会復帰は、健康面、メンタル面、社会制度などがからんで、多面的に色々なことがうまく行って実現する、って感じです。
私は今短時間勤務していますが、短時間勤務制度がある会社も一般的というわけではないそうです。
「がんサポート情報センター」の記事に、自分の会社に病後復帰のための短時間勤務制度を作った、という方の記事が載っていました。
リハビリ復帰のための短時間勤務制度
リハビリ復帰というのは、病後の一時期を短時間勤務で慣らして、いずれ普通勤務にする、という前提のようです。
後遺症がひどくない方だったら、普通勤務の方がお給料や昇進の上でも条件がいいですよね。リハビリ短時間勤務で様子を見ながら慣らして、普通勤務にできるといいと思います。
私の場合も、上司は最初の頃は、いずれ普通勤務に、と言っていましたが、後遺症で食事にすご~~~く時間がかかるため、どうやらずっと短時間勤務でやらせてもらえるらしいです。
これはリハビリのための短時間勤務というよりは、傷病理由の短時間勤務とでも言うのでしょうか。権利だから堂々と使い続けて下さいと、産業医の先生が言っていました。
ただ、実は短時間勤務で助かっているのは、後遺症のことだけではありません。子育てと仕事の両立にすごく役立っています。
高1娘たまこのお友達に、朝ごはんも夕ご飯も毎日1人で食べる、人と一緒にご飯を食べるのは学校でのお昼だけ、という子がいます。フルタイムで母親が働いているとそうなっちゃうことも不思議ではないかもしれません。可能かもしれないけれど、できればやりたくないです。
小学校高学年になっても中学生になっても、子供って小さい時とは違う難しさが出てくるので、手は離せないです。だから短時間勤務が助かります。
後遺症と短時間勤務のお陰で、もっと仕事を増やせるかもしれないのに、とか考える必要がなくなったので、心置きなく朝食と夕食を子供と一緒に食べることができます。
健康な人でも、そうしたいと言う人は多いだろうと思うのだけど、健康な会社員だと短時間勤務はできないんだよね。できても子供が小3まで、だったかな。アルバイトならばできるけれども。
健康な会社員でも短時間勤務とか、週4日、週3日、とかができるようになると、出生率も上がるでしょうね。
でもまずは、病後リハビリ短時間勤務から、全部の労働者が利用できるようになるといいと思います。
ちょこちょことググッてみると、自分が病後社会復帰についての知識なんて何も持ってないことが分かりました。何を今更、ですが。
病後の社会復帰は、健康面、メンタル面、社会制度などがからんで、多面的に色々なことがうまく行って実現する、って感じです。
私は今短時間勤務していますが、短時間勤務制度がある会社も一般的というわけではないそうです。
「がんサポート情報センター」の記事に、自分の会社に病後復帰のための短時間勤務制度を作った、という方の記事が載っていました。
リハビリ復帰のための短時間勤務制度
リハビリ復帰というのは、病後の一時期を短時間勤務で慣らして、いずれ普通勤務にする、という前提のようです。
後遺症がひどくない方だったら、普通勤務の方がお給料や昇進の上でも条件がいいですよね。リハビリ短時間勤務で様子を見ながら慣らして、普通勤務にできるといいと思います。
私の場合も、上司は最初の頃は、いずれ普通勤務に、と言っていましたが、後遺症で食事にすご~~~く時間がかかるため、どうやらずっと短時間勤務でやらせてもらえるらしいです。
これはリハビリのための短時間勤務というよりは、傷病理由の短時間勤務とでも言うのでしょうか。権利だから堂々と使い続けて下さいと、産業医の先生が言っていました。
ただ、実は短時間勤務で助かっているのは、後遺症のことだけではありません。子育てと仕事の両立にすごく役立っています。
高1娘たまこのお友達に、朝ごはんも夕ご飯も毎日1人で食べる、人と一緒にご飯を食べるのは学校でのお昼だけ、という子がいます。フルタイムで母親が働いているとそうなっちゃうことも不思議ではないかもしれません。可能かもしれないけれど、できればやりたくないです。
小学校高学年になっても中学生になっても、子供って小さい時とは違う難しさが出てくるので、手は離せないです。だから短時間勤務が助かります。
後遺症と短時間勤務のお陰で、もっと仕事を増やせるかもしれないのに、とか考える必要がなくなったので、心置きなく朝食と夕食を子供と一緒に食べることができます。
健康な人でも、そうしたいと言う人は多いだろうと思うのだけど、健康な会社員だと短時間勤務はできないんだよね。できても子供が小3まで、だったかな。アルバイトならばできるけれども。
健康な会社員でも短時間勤務とか、週4日、週3日、とかができるようになると、出生率も上がるでしょうね。
でもまずは、病後リハビリ短時間勤務から、全部の労働者が利用できるようになるといいと思います。
水曜日, 2月 23, 2011
今日も
お仕事して、晩ごはん作って、食べ終わったとこ。
電車の運転手さん、ありがと~~、とか、帰りの電車の中で思って。
朝は、交番のおまわりさんが「おはようございます」って言ってくれました。
んっ。おまわりさん、ステキ!
会社では、何でこんなに甘いんだ!とか思いつつ、そんなことは言いもせずに自分の仕事して。
でも仕事がつまらないと思うと、進まなくなるので、面白いと思うことにしました。
面白いは面白いんだけど、面白さを評価されずに調査の件数だけしか問題にされないのが面白くないんです。
でもそんな事を言っても話は通じないだけだから。
小6息子のせんべいが剣道を習ってますが、「力を抜いて」と何度も言われています。力が入ると、かえって的確に打てないそうです。力を抜いた後、どう力を入れるべきか、先生が教えて下さるそうです。
無駄に力を入れても肩凝りになるだけ。
会社の研究開発で、限界が来ているのに無視してもっともっとと頑張ろうとするのは、無駄に力が入って肩凝りになっているようなものです。以前いた技術部は肩凝りだったという気がします。
今は部署を移りましたが、仕事を増やさないことがミッションみたいで、気が抜けていて会社のぜい肉なんじゃないかと思われます。
肩凝りとぜい肉は大会社だからあり得てるんで、小さな会社ならつぶれてます。
つぶれてたら非生産的な仕事はしないで済んでるんだけどね。
もっと利益が上がるようにできそうに思うのですが。
ま~、つぶれたら困るので、やり続けながら何とかソフトランディングを目指しているわけですね。解雇もなかったし、今回は早期退職も募らなかったし。
大会社もヘロヘロになりながら、組織改変しながら解雇もせずに日本経済を支えているわけす。
ま~、その中に病後短時間勤務で、居られるのは、ありがたいと思うべきですね。
肩凝りもぜい肉もない活き活きとした職場は小さな会社の方に多いのかも。
肩凝りでもぜい肉でもない自分の個人の生活を目指さなくちゃいけないんだ。
肩凝りにもぜい肉にも煩わされない自分を目指さなくちゃいけないんですね。
電車の運転手さん、ありがと~~、とか、帰りの電車の中で思って。
朝は、交番のおまわりさんが「おはようございます」って言ってくれました。
んっ。おまわりさん、ステキ!
会社では、何でこんなに甘いんだ!とか思いつつ、そんなことは言いもせずに自分の仕事して。
でも仕事がつまらないと思うと、進まなくなるので、面白いと思うことにしました。
面白いは面白いんだけど、面白さを評価されずに調査の件数だけしか問題にされないのが面白くないんです。
でもそんな事を言っても話は通じないだけだから。
小6息子のせんべいが剣道を習ってますが、「力を抜いて」と何度も言われています。力が入ると、かえって的確に打てないそうです。力を抜いた後、どう力を入れるべきか、先生が教えて下さるそうです。
無駄に力を入れても肩凝りになるだけ。
会社の研究開発で、限界が来ているのに無視してもっともっとと頑張ろうとするのは、無駄に力が入って肩凝りになっているようなものです。以前いた技術部は肩凝りだったという気がします。
今は部署を移りましたが、仕事を増やさないことがミッションみたいで、気が抜けていて会社のぜい肉なんじゃないかと思われます。
肩凝りとぜい肉は大会社だからあり得てるんで、小さな会社ならつぶれてます。
つぶれてたら非生産的な仕事はしないで済んでるんだけどね。
もっと利益が上がるようにできそうに思うのですが。
ま~、つぶれたら困るので、やり続けながら何とかソフトランディングを目指しているわけですね。解雇もなかったし、今回は早期退職も募らなかったし。
大会社もヘロヘロになりながら、組織改変しながら解雇もせずに日本経済を支えているわけす。
ま~、その中に病後短時間勤務で、居られるのは、ありがたいと思うべきですね。
肩凝りもぜい肉もない活き活きとした職場は小さな会社の方に多いのかも。
肩凝りでもぜい肉でもない自分の個人の生活を目指さなくちゃいけないんだ。
肩凝りにもぜい肉にも煩わされない自分を目指さなくちゃいけないんですね。
月曜日, 2月 21, 2011
今日は
お仕事しました。いつものように。
いつもとちょっと違う分野の特許調査だったので、いつもよりも沢山の文献をプリントアウトして、微妙に違うものをよけて、近いものを集めて、どれが近いか検討しながら、報告書に載せるものを決めていきます。
私がやっているのは出願前調査で、特許出願するまえに、既によそで同じようなものが出ていないかどうかを調べます。同じようなものがあったら、それをよけるように権利化の人に出願内容をブラッシュアップしてもらいたい、と願って調べています。
今日のは、結局ちょっと厳しそうかなぁ。厳しそうであることが多いです。
ホントにダメそうだったら、出願しても拒絶査定になって出願費用の無駄になってしまうので、出願しないのがいいわけです。
だけど、どうしても何とか特許を出していかないと、他社特許に阻まれて製品をだしていけないので、無理にでも出していくという分野もあります。
参入した後1年、2年と経つうちに、最初はてんで先行他社の特許にかなわなかったのに、だんだんと遜色のない提案が出るようになっている分野もあります。そういうところ、自社ながら、さすがに大会社は違うと思うこともあります。
そういうの、そこそこ面白いんだけど。
私が昔やっていた分野は、物理的限界が来て、もうあまり展開が見込めません。ちらほら提案が出て、おっ、と思うこともあるのだけど、アイデアは特許にはなっても定量的に使えるものとして成り立つはずがない、と思うことが多いです。
というような状況で、だいたい分かっちゃったような気がするなぁ。
ここでこれ以上調査スキルを上げて調査の件数を増やしたいって思わないので。
他のことがやりたい。
と思うと、身が入らなくなっちゃうの。
ノルマの予定より多い件数やってたのだけど、ちょいと今はマイナスだす。
娘の高校のお掃除ボランティアもあるのだけど、行けなそうです。
いつもとちょっと違う分野の特許調査だったので、いつもよりも沢山の文献をプリントアウトして、微妙に違うものをよけて、近いものを集めて、どれが近いか検討しながら、報告書に載せるものを決めていきます。
私がやっているのは出願前調査で、特許出願するまえに、既によそで同じようなものが出ていないかどうかを調べます。同じようなものがあったら、それをよけるように権利化の人に出願内容をブラッシュアップしてもらいたい、と願って調べています。
今日のは、結局ちょっと厳しそうかなぁ。厳しそうであることが多いです。
ホントにダメそうだったら、出願しても拒絶査定になって出願費用の無駄になってしまうので、出願しないのがいいわけです。
だけど、どうしても何とか特許を出していかないと、他社特許に阻まれて製品をだしていけないので、無理にでも出していくという分野もあります。
参入した後1年、2年と経つうちに、最初はてんで先行他社の特許にかなわなかったのに、だんだんと遜色のない提案が出るようになっている分野もあります。そういうところ、自社ながら、さすがに大会社は違うと思うこともあります。
そういうの、そこそこ面白いんだけど。
私が昔やっていた分野は、物理的限界が来て、もうあまり展開が見込めません。ちらほら提案が出て、おっ、と思うこともあるのだけど、アイデアは特許にはなっても定量的に使えるものとして成り立つはずがない、と思うことが多いです。
というような状況で、だいたい分かっちゃったような気がするなぁ。
ここでこれ以上調査スキルを上げて調査の件数を増やしたいって思わないので。
他のことがやりたい。
と思うと、身が入らなくなっちゃうの。
ノルマの予定より多い件数やってたのだけど、ちょいと今はマイナスだす。
娘の高校のお掃除ボランティアもあるのだけど、行けなそうです。
木曜日, 2月 17, 2011
大きくなったら
幸福の矢になりたい、って、前にも書きましたっけ。
嵐にも会いたいな~。
普通にしてたら会えそうもないけれど、どうしたら会えるだろ。
松本潤くんは、国立の7万人の観衆と見ている風景は最高に幸せだと言ってくれました。
松潤は私の師匠だす。
いつもコンサートの始まりの時には、「幸せになる準備はできてるか~?」って聞いてくれます。
私たちに幸せを届けようと一生懸命本気で考えてくれています。
そして見える風景の中で、松潤自身も幸せなんだって。
幸せな人だなぁ。
希望の橋をかける矢になりたいと思いました。医者にはなれないから。医の字には矢が入っているから。
松本潤は昔、滝に打たれて、エンターテインメントで世界中の人を幸せにする、って言ってました。
あれは「真夜中の嵐」って番組だっけ、うろ覚えですが、10年近く前だと思います。
松本潤は有言実行してます。
松潤にあやかって幸福の矢を目指してます。世界中に幸福のハロー効果をばらまこう!
嵐にも会いたいな~。
普通にしてたら会えそうもないけれど、どうしたら会えるだろ。
松本潤くんは、国立の7万人の観衆と見ている風景は最高に幸せだと言ってくれました。
松潤は私の師匠だす。
いつもコンサートの始まりの時には、「幸せになる準備はできてるか~?」って聞いてくれます。
私たちに幸せを届けようと一生懸命本気で考えてくれています。
そして見える風景の中で、松潤自身も幸せなんだって。
幸せな人だなぁ。
希望の橋をかける矢になりたいと思いました。医者にはなれないから。医の字には矢が入っているから。
松本潤は昔、滝に打たれて、エンターテインメントで世界中の人を幸せにする、って言ってました。
あれは「真夜中の嵐」って番組だっけ、うろ覚えですが、10年近く前だと思います。
松本潤は有言実行してます。
松潤にあやかって幸福の矢を目指してます。世界中に幸福のハロー効果をばらまこう!
水曜日, 2月 16, 2011
ハロー効果と癌患者への心理的介入の疫学調査
先日、病気の人へ心理的に介入した時に病気の経過が良くなるかどうかについての疫学調査結果の本を立ち読みした、と書きました。
他の病気ではいずれも経過が良くなったのに、癌についてだけは、良くなったという結果ではなく、著者のお医者さんは、がん患者は気持ちの持ち方で病気が良くなると考えてかえってつらい思いをしているので、良くなったという結果がでなくてホッとした、とのことでした。
私はこの結果は間違いだと思うので、立ち読みだけして本を買わなかった、ということも書きました。
でも、どう間違いなのかは、明瞭には説明できなかったのですけれど、これって、心理学とか社会心理学での、ハロー効果というものだと思います。
ピグマリオン効果とも言うらしいです。細かいことは不正確かもしれないけれど、その類です。
同じような子供であっても、この子は成績が伸びる、と予め教師に言っておくと、本当にその子の成績が伸びてしまう、とのこと。この子は伸びるはずらしい、と教師が無意識的にでも思っていると、それが反映してしまうらしいです。それがハロー効果。
逆に、この子はダメだ、と予め教師に言っておくと、本当にダメになってしまう、という効果もあって、こちらもナントカ効果という名前がついているらしいです。がん患者への心の効果の疫学調査結果は、むしろこちらの、予めのダメイメージのナントカ効果の方に相当するのでしょう。仮にダメハロー効果と呼ぶことにします。
癌への心理的介入の疫学調査でダメハロー効果は、やめて欲しい。それで本なんて書かないで欲しいです。
調べるお医者さんが、癌であるこの人は死ぬに違いないと思ってしまっていては、気持ちを明るくなんて言っても逆効果です。癌患者は敏感ですから本心の方を感じ取ります。プラスの心理的介入になりません。
今の世の中でがん患者の亡くなる割合が高いのも、社会心理学的にダメハロー効果が効いてるのかも。死ぬ死ぬ言われてるから~。
死ぬ人が死ぬのは心臓病だって同じですよ。死なない人は死なないのは癌も同じ。
ということで、癌を特に他の病気に比べて怖がらない先生に疫学調査をしていただきたいものです。
他の病気ではいずれも経過が良くなったのに、癌についてだけは、良くなったという結果ではなく、著者のお医者さんは、がん患者は気持ちの持ち方で病気が良くなると考えてかえってつらい思いをしているので、良くなったという結果がでなくてホッとした、とのことでした。
私はこの結果は間違いだと思うので、立ち読みだけして本を買わなかった、ということも書きました。
でも、どう間違いなのかは、明瞭には説明できなかったのですけれど、これって、心理学とか社会心理学での、ハロー効果というものだと思います。
ピグマリオン効果とも言うらしいです。細かいことは不正確かもしれないけれど、その類です。
同じような子供であっても、この子は成績が伸びる、と予め教師に言っておくと、本当にその子の成績が伸びてしまう、とのこと。この子は伸びるはずらしい、と教師が無意識的にでも思っていると、それが反映してしまうらしいです。それがハロー効果。
逆に、この子はダメだ、と予め教師に言っておくと、本当にダメになってしまう、という効果もあって、こちらもナントカ効果という名前がついているらしいです。がん患者への心の効果の疫学調査結果は、むしろこちらの、予めのダメイメージのナントカ効果の方に相当するのでしょう。仮にダメハロー効果と呼ぶことにします。
癌への心理的介入の疫学調査でダメハロー効果は、やめて欲しい。それで本なんて書かないで欲しいです。
調べるお医者さんが、癌であるこの人は死ぬに違いないと思ってしまっていては、気持ちを明るくなんて言っても逆効果です。癌患者は敏感ですから本心の方を感じ取ります。プラスの心理的介入になりません。
今の世の中でがん患者の亡くなる割合が高いのも、社会心理学的にダメハロー効果が効いてるのかも。死ぬ死ぬ言われてるから~。
死ぬ人が死ぬのは心臓病だって同じですよ。死なない人は死なないのは癌も同じ。
ということで、癌を特に他の病気に比べて怖がらない先生に疫学調査をしていただきたいものです。
金曜日, 2月 11, 2011
苦あれば楽あり、楽あれば苦あり、とは。
「人生楽ありゃ苦もあるさ~」って歌がありましたね。かの有名なドラマ水戸黄門の主題歌でした。
楽も苦もある、ならよいけれど、楽あれば苦あり、と言うと、サボったり楽をしたりすると後で苦労するぞ、楽をしてはいけないよ、と戒めているように響きます。
楽あれば楽あり、であって欲しいですね。
楽あれば苦ありは、いつから言われるようになったのか知りませんが、昔は有効な知恵だったと思います。
戦前とか、江戸時代とか、世の中にお米とかが足りなかった時には、みんなに行き渡らないので、大部分の人は我慢をしなければなりませんでした。技術も進んでいないので、苦労をいとわずに働かねばなりませんでした。楽を実現できる人は少なかったので、楽をしてはいけないと戒める必要があったのかもしれません。
実は私は、現代では「楽あれば楽あり」だと思っています。
サボるのでなくより楽な方法でやるのは、奨励した方がいいです。
技術の進歩や世の中の進歩で、同じことが以前よりも楽にできるようになった時に、より大きな楽しみと前進が得られるのです。これってゴールデンルールだと思います。
電車でも飛行機でも、電話でも、電気釜でも、何でも、色々な例がありそうです。
苦あれば楽あり、はどうでしょうか。
苦労をすれば後で楽な状態になれるでしょうか。
苦労を苦労だと思っていると、苦労すればするほど、ますます苦しい状態になったりしませんか。
苦あれば楽ありも、戦前とか江戸時代とかに、人々に苦しい仕事を不平を言わせずにやらせるために必要だった言葉かもしれません。
今は生産性が上がっているので、苦労というほどにやらずとも、実は大部分の人にゆきわたるだけの富はあるのです。
既にテレビはあるのにわざわざ地デジに全部変えたり、どれだけ生活上の必要性があるのか不明な3Dテレビを一生懸命作ったり売ったりしているんですから。苦しんでやるような仕事なのかは疑問です。
また昔の同僚で、職場の雑用仕事を一手に引き受けて、いっぱい残業もして働きづめの人がいて、当時の上司は「ああいう人はいずれ報われるよ」と言っていました。でも、ある程度の昇進はしたけれど、結婚もしていないし、最近見かけたら何だかボロボロなんです。
でも苦労ではなく、努力した事は報われる、って事は今も成り立っていると思います。
一生懸命練習した選手が金メダルを獲得するとか。
その練習は苦しくてもやりがいがあれば、楽しみでもあるだろうと思います。
だからこれも、楽あれば楽あり、になります。
つまり、楽をしたら苦がやってくるのではないかと恐れるのではなく、楽をしてもっと大きな楽を目指しましょう。
また、やりがいをもって楽しく努力して、大きな喜びや楽しみを手に入れましょう。
っていう意味だと水戸黄門の歌が気に入っている息子に教えなくちゃ。
楽も苦もある、ならよいけれど、楽あれば苦あり、と言うと、サボったり楽をしたりすると後で苦労するぞ、楽をしてはいけないよ、と戒めているように響きます。
楽あれば楽あり、であって欲しいですね。
楽あれば苦ありは、いつから言われるようになったのか知りませんが、昔は有効な知恵だったと思います。
戦前とか、江戸時代とか、世の中にお米とかが足りなかった時には、みんなに行き渡らないので、大部分の人は我慢をしなければなりませんでした。技術も進んでいないので、苦労をいとわずに働かねばなりませんでした。楽を実現できる人は少なかったので、楽をしてはいけないと戒める必要があったのかもしれません。
実は私は、現代では「楽あれば楽あり」だと思っています。
サボるのでなくより楽な方法でやるのは、奨励した方がいいです。
技術の進歩や世の中の進歩で、同じことが以前よりも楽にできるようになった時に、より大きな楽しみと前進が得られるのです。これってゴールデンルールだと思います。
電車でも飛行機でも、電話でも、電気釜でも、何でも、色々な例がありそうです。
苦あれば楽あり、はどうでしょうか。
苦労をすれば後で楽な状態になれるでしょうか。
苦労を苦労だと思っていると、苦労すればするほど、ますます苦しい状態になったりしませんか。
苦あれば楽ありも、戦前とか江戸時代とかに、人々に苦しい仕事を不平を言わせずにやらせるために必要だった言葉かもしれません。
今は生産性が上がっているので、苦労というほどにやらずとも、実は大部分の人にゆきわたるだけの富はあるのです。
既にテレビはあるのにわざわざ地デジに全部変えたり、どれだけ生活上の必要性があるのか不明な3Dテレビを一生懸命作ったり売ったりしているんですから。苦しんでやるような仕事なのかは疑問です。
また昔の同僚で、職場の雑用仕事を一手に引き受けて、いっぱい残業もして働きづめの人がいて、当時の上司は「ああいう人はいずれ報われるよ」と言っていました。でも、ある程度の昇進はしたけれど、結婚もしていないし、最近見かけたら何だかボロボロなんです。
でも苦労ではなく、努力した事は報われる、って事は今も成り立っていると思います。
一生懸命練習した選手が金メダルを獲得するとか。
その練習は苦しくてもやりがいがあれば、楽しみでもあるだろうと思います。
だからこれも、楽あれば楽あり、になります。
つまり、楽をしたら苦がやってくるのではないかと恐れるのではなく、楽をしてもっと大きな楽を目指しましょう。
また、やりがいをもって楽しく努力して、大きな喜びや楽しみを手に入れましょう。
っていう意味だと水戸黄門の歌が気に入っている息子に教えなくちゃ。
木曜日, 2月 10, 2011
特許侵害訴訟と幸せと
今日は知財協の研修でした。特許侵害訴訟についてで、午前だけ受けて、午後は小6息子せんべいの進学予定の中学校の説明会でした。
今日の午前中の研修の講師の弁護士さんは、素敵でした。エンジニアの幸せを考えてくれている感じの、生き生きとした講義でした。
特許権を侵害されたら、侵害している相手に損害賠償を請求することができます。が、侵害された方が、元々の特許権者ではなく、実施権を受けているだけだったら、請求はすることができないそうです。そこまでの権利はないとのこと。
但し、独占的実施権を受けている場合には、請求することができると考えられることも多いそうです。でもそれはおかしい、元々の特許権者と同じではないはずだ、との意見もあるとのこと。
ちょうど、内縁の妻が、実質的に妻としての立場であったとしても、財産相続などで、法的に正式に認められている妻と同じ権利を持つわけではないと考えられるのと似ているのではないか、とのことでした。
例が良いかどうかは別だけれど、元々の特許権者と、たとえ独占的であったとしても実施権を受けただけの人と、権利が同じというのはおかしい、というのはよく分かるし、そう言ってもらえるのは特許にする技術を作る側としては嬉しいです。エンジニアの仕事の値打ちを考えてくれる弁護士さんです。
特許を成立させるってのは、正妻の立場を確立しようとしてるわけ、ね。
んじゃぁ、特許侵害訴訟は、何なのかねぇ。よその女性は勝手に家の財産を使って商売するな、って訴えてるのかな。
ダンナさんは、何? 商標権とかかな。
今日の午前中の研修の講師の弁護士さんは、素敵でした。エンジニアの幸せを考えてくれている感じの、生き生きとした講義でした。
特許権を侵害されたら、侵害している相手に損害賠償を請求することができます。が、侵害された方が、元々の特許権者ではなく、実施権を受けているだけだったら、請求はすることができないそうです。そこまでの権利はないとのこと。
但し、独占的実施権を受けている場合には、請求することができると考えられることも多いそうです。でもそれはおかしい、元々の特許権者と同じではないはずだ、との意見もあるとのこと。
ちょうど、内縁の妻が、実質的に妻としての立場であったとしても、財産相続などで、法的に正式に認められている妻と同じ権利を持つわけではないと考えられるのと似ているのではないか、とのことでした。
例が良いかどうかは別だけれど、元々の特許権者と、たとえ独占的であったとしても実施権を受けただけの人と、権利が同じというのはおかしい、というのはよく分かるし、そう言ってもらえるのは特許にする技術を作る側としては嬉しいです。エンジニアの仕事の値打ちを考えてくれる弁護士さんです。
特許を成立させるってのは、正妻の立場を確立しようとしてるわけ、ね。
んじゃぁ、特許侵害訴訟は、何なのかねぇ。よその女性は勝手に家の財産を使って商売するな、って訴えてるのかな。
ダンナさんは、何? 商標権とかかな。
火曜日, 2月 08, 2011
ビバ! 特許事務所
拒絶査定対応の中間処理の指示を、権利化担当の人が特許事務所に出してくれました。特許事務所には弁理士さんがいて、特許庁の審査官に出す書類を作ってくれます。
権利化担当は、説明したら内容は分かってくれたんだけど、事務所への指示は、審査官の意見を少し入れて請求項を少し直す、というもので、そんなものかなぁ、って感じでした。
だけど、事務所から来た返事は、ばっちりでした。出願当時のままの請求項で、意見書で反論するだけでいいのではないか、と言ってきてくれました。
分かってくれたぜ。
審査官も分かってくれなかったし権利化担当もいまひとつ分かってくれなかったけど、米国特許庁と中国特許庁に続いて、特許事務所は分かってくれた。
分かってくれる人が意見書を書いてくれたら、通るかな。
以前米国特許庁とやりあってくれたアトニー(特許関係の弁護士)さんは、すごい切れ味だった。勝つかどうかはある程度、弁護士しだいってことは実感したことがあります。
但し、日本の特許事務所の弁理士さんにも色々います。正直言って何のためにいるのか分からないおじいさんもおられます。いつも意味不明に名前が載っているという。
だけど今回は切れる弁理士さんが担当してくれたんだ。良かった、嬉しいなぁ。
この特許は癌の告知をされた後に最終的な打ち合わせをして、治療のために長期で休み始めた後に出願したんでした。その前に命を削っているとも自覚せずにやってた仕事の一部です。
ん~っと、特許に出したのはちょっと前の仕事なので、命を削ったのはその後の別の仕事の方かな。
後の仕事の方は実りませんでした。学会に出したけれど採用されなかった。でも、学会には出したけれど実はダメな技術だと思っていました。でも、どうダメなのかをみんなに説明できなかった。行けると信じている人たちがいたから。
その前にも、ダメですよ限界ですよこれ以上は性能上がりませんよ、行くならこれですよ、っていう結果を出したけど誰も相手にしてくれませんでした。今になって某社と某社が特許登録してるのを最近みつけました。
気に入らなかった上司達は私の結果を別の若者にやりなおさせてたけど、夢を追うのがエンジニアなんだろうけど、もうちょっと見る目が欲しかったと思います。と当時大きな声で言えれば良かったのだけど、こっそりやりなおさせてたら、ねぇ。
誰がやっても同じになる地味な結果なんだよね。みんな仲間です。地味でも正しいものは正しい。他社であってもそれが登録されているのは嬉しかったです。
派手っぽい研究開発は止まらないし。何かは残るのだろうけれどそのままでは大部分はうまくいかないと思いますが。抜けられてよかったです。
癌の治療の後仕事を変わったので、今回切れる弁理士さんが担当してくれたのが私の最後の特許というわけです。良い弁理士さんに担当してもらったようだし、ここまで自分で見れるのはラッキーです。
権利化担当は、説明したら内容は分かってくれたんだけど、事務所への指示は、審査官の意見を少し入れて請求項を少し直す、というもので、そんなものかなぁ、って感じでした。
だけど、事務所から来た返事は、ばっちりでした。出願当時のままの請求項で、意見書で反論するだけでいいのではないか、と言ってきてくれました。
分かってくれたぜ。
審査官も分かってくれなかったし権利化担当もいまひとつ分かってくれなかったけど、米国特許庁と中国特許庁に続いて、特許事務所は分かってくれた。
分かってくれる人が意見書を書いてくれたら、通るかな。
以前米国特許庁とやりあってくれたアトニー(特許関係の弁護士)さんは、すごい切れ味だった。勝つかどうかはある程度、弁護士しだいってことは実感したことがあります。
但し、日本の特許事務所の弁理士さんにも色々います。正直言って何のためにいるのか分からないおじいさんもおられます。いつも意味不明に名前が載っているという。
だけど今回は切れる弁理士さんが担当してくれたんだ。良かった、嬉しいなぁ。
この特許は癌の告知をされた後に最終的な打ち合わせをして、治療のために長期で休み始めた後に出願したんでした。その前に命を削っているとも自覚せずにやってた仕事の一部です。
ん~っと、特許に出したのはちょっと前の仕事なので、命を削ったのはその後の別の仕事の方かな。
後の仕事の方は実りませんでした。学会に出したけれど採用されなかった。でも、学会には出したけれど実はダメな技術だと思っていました。でも、どうダメなのかをみんなに説明できなかった。行けると信じている人たちがいたから。
その前にも、ダメですよ限界ですよこれ以上は性能上がりませんよ、行くならこれですよ、っていう結果を出したけど誰も相手にしてくれませんでした。今になって某社と某社が特許登録してるのを最近みつけました。
気に入らなかった上司達は私の結果を別の若者にやりなおさせてたけど、夢を追うのがエンジニアなんだろうけど、もうちょっと見る目が欲しかったと思います。と当時大きな声で言えれば良かったのだけど、こっそりやりなおさせてたら、ねぇ。
誰がやっても同じになる地味な結果なんだよね。みんな仲間です。地味でも正しいものは正しい。他社であってもそれが登録されているのは嬉しかったです。
派手っぽい研究開発は止まらないし。何かは残るのだろうけれどそのままでは大部分はうまくいかないと思いますが。抜けられてよかったです。
癌の治療の後仕事を変わったので、今回切れる弁理士さんが担当してくれたのが私の最後の特許というわけです。良い弁理士さんに担当してもらったようだし、ここまで自分で見れるのはラッキーです。
月曜日, 2月 07, 2011
中間処理
自分が出した特許の、中間処理が来ています。
特許の審査で拒絶査定されて、反論する意見書を出します。
意見書の下書きを書いて権利化担当の人に渡したのだけど、分かってもらえなかったみたいで、説明しました。
審査官も分からなかったんだねぇ。
あれはいい技術なんだが。
分かってもらえば通るはず。
米国でも中国でも許可査定になってます。
でも米国と中国で通ったのは、向こうが遅れているからです。
日本で通ればホントに使える権利として確立する。
けれど通しちゃっていいのだろうか。
ノウハウを教えちゃうという効果の方が大きいという可能性も大です。でも、もう止まらない。
そうまで驀進してどうするのか。
あれはどういう意味なのかなぁ。
驀進していいはず。
そうそう。幸せをいっぱい作る力になるはず。
特許の審査で拒絶査定されて、反論する意見書を出します。
意見書の下書きを書いて権利化担当の人に渡したのだけど、分かってもらえなかったみたいで、説明しました。
審査官も分からなかったんだねぇ。
あれはいい技術なんだが。
分かってもらえば通るはず。
米国でも中国でも許可査定になってます。
でも米国と中国で通ったのは、向こうが遅れているからです。
日本で通ればホントに使える権利として確立する。
けれど通しちゃっていいのだろうか。
ノウハウを教えちゃうという効果の方が大きいという可能性も大です。でも、もう止まらない。
そうまで驀進してどうするのか。
あれはどういう意味なのかなぁ。
驀進していいはず。
そうそう。幸せをいっぱい作る力になるはず。
土曜日, 2月 05, 2011
人は幸せになるために
人は幸せになるために生まれてきたそうです。
知ってましたか?
今どれだけ幸せなのか、実は最近まであまり気にしていませんでした。
だけど、実はすご~く、幸せなんだな~。
今日は、小6息子せんべいの剣道の稽古があって、夜の稽古なので、迎えに行って一緒に帰りました。
よその子はみんな車で楽して帰って行きますが、うちには車がないので歩きです。
夜道を、重い防具と竹刀を持っている息子と一緒に歩きます。特に何も話すことがないのよねぇ。
でも、重い重い防具を、疲れて歩けなくなりそうになったこともあったのに、最近は文句も言わずにしっかり自分で持って歩いて帰れるようになりました。一ヶ月前に比べてすごい成長なんです。
そんな息子と一緒に歩いて帰れるって、すごく幸せなことです。
幸せだね~、って雰囲気を特に出しているわけではないのだけど、実は幸せなことだね。
昨日だったか、通勤の時に、実は電車の運転手さんは私のために電車を運転してくれて、車掌さんや駅の職員の人たちはきちんと仕事をしてくれて、毎日が運営されているって、実はすごく幸せで豊かなことなんだ、と思いました。
そんなものは存在していないという国や地域もいくらでもあって、実は当たり前の事ではないのですが、特に幸せだとは今までは思わなかったんです。
水道や電気や、もう何でもそうですね。
私たちが会社で製品を作るのも、それをお客さんに買ってもらって、幸せになってもらうためです。
実はどの仕事も人の幸せのためにあるわけで。
人は幸せになるために生まれてきた、っていうことと、話が合います。
チルチルとミチルがみつけたように、青い鳥はここにいたんですね。
知ってましたか?
今どれだけ幸せなのか、実は最近まであまり気にしていませんでした。
だけど、実はすご~く、幸せなんだな~。
今日は、小6息子せんべいの剣道の稽古があって、夜の稽古なので、迎えに行って一緒に帰りました。
よその子はみんな車で楽して帰って行きますが、うちには車がないので歩きです。
夜道を、重い防具と竹刀を持っている息子と一緒に歩きます。特に何も話すことがないのよねぇ。
でも、重い重い防具を、疲れて歩けなくなりそうになったこともあったのに、最近は文句も言わずにしっかり自分で持って歩いて帰れるようになりました。一ヶ月前に比べてすごい成長なんです。
そんな息子と一緒に歩いて帰れるって、すごく幸せなことです。
幸せだね~、って雰囲気を特に出しているわけではないのだけど、実は幸せなことだね。
昨日だったか、通勤の時に、実は電車の運転手さんは私のために電車を運転してくれて、車掌さんや駅の職員の人たちはきちんと仕事をしてくれて、毎日が運営されているって、実はすごく幸せで豊かなことなんだ、と思いました。
そんなものは存在していないという国や地域もいくらでもあって、実は当たり前の事ではないのですが、特に幸せだとは今までは思わなかったんです。
水道や電気や、もう何でもそうですね。
私たちが会社で製品を作るのも、それをお客さんに買ってもらって、幸せになってもらうためです。
実はどの仕事も人の幸せのためにあるわけで。
人は幸せになるために生まれてきた、っていうことと、話が合います。
チルチルとミチルがみつけたように、青い鳥はここにいたんですね。
金曜日, 2月 04, 2011
木曜日, 2月 03, 2011
今日は
特許調査が早く終わりました。
最近は調査していて面白い特許が少ない。けど、面白いと思わないとやってられないし。
技術部にいたときに自分が出した特許の、権利化の中間処理が何件かきています。自分の特許の仕事をやれるのは嬉しいし、出したときには一生懸命だったけれど、もう古い話だから、実はめんどくさいです。
審査官にとんちんかんな事を言われるのも腹が立つ。「容易に類推ができる」内容だから許可しない、って言われるけど、実は容易な話ではないので、容易かどうか自分でやってみないのに分かるかっていうと分かってないですよ、ってことを、延々と意見書を書いたもんです。あれは審判になってるんだっけ。
審判の知財高裁裁判官さんは、特許庁の審査官さんよりは、内容の話が通じる感じのやりとりになってました。通るかなぁ。
米国でも中国でも台湾でも許可査定になった特許が、日本でだけ拒否査定だったんです。よくあることなんですが。
日本特許庁の審査官さんは、特許制度の国際的な指導的立場を築かねばならない、とか考えておられるようで、審査がきつい傾向があったんですが、きつすぎるという批判が出ている、と聞いたことがあります。
って、私も、特許庁主催の研修のあとの質問でガンガン言っちゃったことがありました。「容易に類推ができる」に頭に来てたもんで。
「そういう批判もあります」って言っておられたので、私以外の人も言ってたのだと思います。日本の企業が心血注いで作り上げたものを、米国も中国も守ってくれるのに日本の特許制度が守ってくれないなんて。企業での研究開発ができなくなってしまいます。特許に書いちゃったら、みんな真似できちゃうんですから。
他方でねぇ。私の特許の中間処理をやってくれているのは、私の職場の権利化担当の人なんだけど、とっても忙しいんです。仕事が積み上がってあふれているみたい。
中間処理の意見書の下書きを私が書いて、権利化担当があとの処理をしてくれるんだけど、最終形は特許事務所に出しています。丸投げなのかな~、直してくれてるのか。
仕事って散文的なものだよね。
面白みを自分でみつけていかねば。
最近は調査していて面白い特許が少ない。けど、面白いと思わないとやってられないし。
技術部にいたときに自分が出した特許の、権利化の中間処理が何件かきています。自分の特許の仕事をやれるのは嬉しいし、出したときには一生懸命だったけれど、もう古い話だから、実はめんどくさいです。
審査官にとんちんかんな事を言われるのも腹が立つ。「容易に類推ができる」内容だから許可しない、って言われるけど、実は容易な話ではないので、容易かどうか自分でやってみないのに分かるかっていうと分かってないですよ、ってことを、延々と意見書を書いたもんです。あれは審判になってるんだっけ。
審判の知財高裁裁判官さんは、特許庁の審査官さんよりは、内容の話が通じる感じのやりとりになってました。通るかなぁ。
米国でも中国でも台湾でも許可査定になった特許が、日本でだけ拒否査定だったんです。よくあることなんですが。
日本特許庁の審査官さんは、特許制度の国際的な指導的立場を築かねばならない、とか考えておられるようで、審査がきつい傾向があったんですが、きつすぎるという批判が出ている、と聞いたことがあります。
って、私も、特許庁主催の研修のあとの質問でガンガン言っちゃったことがありました。「容易に類推ができる」に頭に来てたもんで。
「そういう批判もあります」って言っておられたので、私以外の人も言ってたのだと思います。日本の企業が心血注いで作り上げたものを、米国も中国も守ってくれるのに日本の特許制度が守ってくれないなんて。企業での研究開発ができなくなってしまいます。特許に書いちゃったら、みんな真似できちゃうんですから。
他方でねぇ。私の特許の中間処理をやってくれているのは、私の職場の権利化担当の人なんだけど、とっても忙しいんです。仕事が積み上がってあふれているみたい。
中間処理の意見書の下書きを私が書いて、権利化担当があとの処理をしてくれるんだけど、最終形は特許事務所に出しています。丸投げなのかな~、直してくれてるのか。
仕事って散文的なものだよね。
面白みを自分でみつけていかねば。
水曜日, 2月 02, 2011
grounded
サイモントン先生の最後の研修でもらったもう一つのとても大事な言葉は、grounded です。
私が覚えている範囲、受け取った範囲で書いていますが、患者さんが非常に困難な状態になっている時に心の持ち方でより良い状態にできると伝えたいのに、どうしても伝えることができない時に、どうしたらよいのでしょうか、という質問に対する答えが、一言、「grounded」でした。「grounded」であれば、伝わる、と仰いました。
どんな説明をされるのだろう、と思いながら聞いていたのですが、説明の内容は、なかったわけです。
西洋医学ではエントロピーが、、、とか言って説明したって、患者が物理屋であれば、何を間違えた事を言っているんだやはり信用できない、って思われるだけですから。
確信を持って伝えれば、と訳されていたと思います。
説明の内容は、なかったんです。
電子の軌道は古典力学では記述できないということを古典力学の言葉では説明できないのと似ています。シュレーディンガー方程式は分からないと言われても、確信を持って量子力学で説明できれば、伝わります。考え方の枠組みが変わるから、非連続的思考が必要ですが。
「非連続的思考」と「grounded」は、ペアです。
瞑想とかの世界にも「grounded」という用語があるようですが、サイモントン先生がその意味で言われていたのかどうかは私には分かりません。groundedな瞑想ができれば心と健康の関係が確信できそうな感じはしますが。
地面とつながる、みたいな。
grounded であれば、心が癒されれば体を含めて人間が癒されると、患者さんに伝えることができるようです。
grounded であれば、下手な説明なんかしません。
grounded にはどうすればなれるんですか、って質問できれば良かったな。
私が覚えている範囲、受け取った範囲で書いていますが、患者さんが非常に困難な状態になっている時に心の持ち方でより良い状態にできると伝えたいのに、どうしても伝えることができない時に、どうしたらよいのでしょうか、という質問に対する答えが、一言、「grounded」でした。「grounded」であれば、伝わる、と仰いました。
どんな説明をされるのだろう、と思いながら聞いていたのですが、説明の内容は、なかったわけです。
西洋医学ではエントロピーが、、、とか言って説明したって、患者が物理屋であれば、何を間違えた事を言っているんだやはり信用できない、って思われるだけですから。
確信を持って伝えれば、と訳されていたと思います。
説明の内容は、なかったんです。
電子の軌道は古典力学では記述できないということを古典力学の言葉では説明できないのと似ています。シュレーディンガー方程式は分からないと言われても、確信を持って量子力学で説明できれば、伝わります。考え方の枠組みが変わるから、非連続的思考が必要ですが。
「非連続的思考」と「grounded」は、ペアです。
瞑想とかの世界にも「grounded」という用語があるようですが、サイモントン先生がその意味で言われていたのかどうかは私には分かりません。groundedな瞑想ができれば心と健康の関係が確信できそうな感じはしますが。
地面とつながる、みたいな。
grounded であれば、心が癒されれば体を含めて人間が癒されると、患者さんに伝えることができるようです。
grounded であれば、下手な説明なんかしません。
grounded にはどうすればなれるんですか、って質問できれば良かったな。
火曜日, 2月 01, 2011
非連続的思考
サイモントン先生の最後の研修で、非連続的思考が豊かなものをもたらす、と言うことを仰っていました。強調されていました。
たぶん物理の類推から考えての意味だろうと思ったけれど、説明がないと『カオス』と同じくらいに分かりにくいかと思います。
私が思った内容で正しいかどうかも分からないし、確かめることができないうちに亡くなってしまいましたが、強調されていたので、私が受け取った範囲でメモしておこうと思います。私にとっては大きなメッセージだったから。
非連続的思考の内容は、いわゆるパラダイムシフト(古典論から量子論へなどの、考え方の枠組みのシフト)の意味と、量子力学の状態遷移とか波束の収束などの意味の、どちらかか、両方か、だと思います。
それまでに考えていた事柄との連続性がなく、理由付けができなくても、いい考え方にはシフトしなさい、それによって豊かなものが得られ、救われることができますよ、と教えて下さったのだと思います。
当時、私は親に理解されなくて困るという意識がありましたが、理解されるように説得などしなくても、良い考え方にはただ非連続にシフトすればいいのだ、と思って、セミナー会場で一人で納得していました。
西洋医学で認められないような療法でも、理由付けなどできなくても、効果のあるやり方ならばただ単にシフトすればいいのです。西洋医学に何が足りないかなんて、言う必要はありません。対応原理とも言えるのかもしれません。
状態遷移の方は、量子力学ではエネルギーレベルが不連続で、電子などの状態がその間を、ぴょん、と遷移するので、そのことだったかもしれません。波束収縮の方は、観測や相互作用によって、広がっていた波が一つの観測値に理由もなく、ぴょん、と収縮するので、そのことだったかもしれません。
『ぴょん』だな~。
私のハンドルネームは『オルゴールぴょん』なんですよ。
ぴょん、に意味はなかったんだけど、非連続的思考、っていう意味をもらおうかな。
できすぎみたい。すごいギフトだ。
サイモントン先生からギフトをもらったことがあって、亡くなった後の年末に、旅行に行きました。その時に、勉強しようと思って、先生の著書を持って行こうと思いました。汚さないようにと思って、ありあわせの紙でカバーをかけたんです。その時にたまたま手に取った紙が、クリスマスのギフト用の紙でした。
自分が手に持っているものが、あの世から先生にもらったクリスマスプレゼントだと思いました。あ~~、勉強しなさい、ってことですかぁ、って。
ま~、きれいな紙をとっておいたのがたまたまクリスマス用の紙だったというだけの、偶然なんですが。
先生の著書には西洋医学の不足点を書かれている所はなくて、それはとても注意深く避けておられると思います。これは私にとっては極めて重要で、堅持されて欲しいです。
心の重要性も単に重要なものを重要だと言っているのであって、それを重要視していなかった西洋医学を批判とかは、されていないと思います。そんな必要はないんです。
たぶん物理の類推から考えての意味だろうと思ったけれど、説明がないと『カオス』と同じくらいに分かりにくいかと思います。
私が思った内容で正しいかどうかも分からないし、確かめることができないうちに亡くなってしまいましたが、強調されていたので、私が受け取った範囲でメモしておこうと思います。私にとっては大きなメッセージだったから。
非連続的思考の内容は、いわゆるパラダイムシフト(古典論から量子論へなどの、考え方の枠組みのシフト)の意味と、量子力学の状態遷移とか波束の収束などの意味の、どちらかか、両方か、だと思います。
それまでに考えていた事柄との連続性がなく、理由付けができなくても、いい考え方にはシフトしなさい、それによって豊かなものが得られ、救われることができますよ、と教えて下さったのだと思います。
当時、私は親に理解されなくて困るという意識がありましたが、理解されるように説得などしなくても、良い考え方にはただ非連続にシフトすればいいのだ、と思って、セミナー会場で一人で納得していました。
西洋医学で認められないような療法でも、理由付けなどできなくても、効果のあるやり方ならばただ単にシフトすればいいのです。西洋医学に何が足りないかなんて、言う必要はありません。対応原理とも言えるのかもしれません。
状態遷移の方は、量子力学ではエネルギーレベルが不連続で、電子などの状態がその間を、ぴょん、と遷移するので、そのことだったかもしれません。波束収縮の方は、観測や相互作用によって、広がっていた波が一つの観測値に理由もなく、ぴょん、と収縮するので、そのことだったかもしれません。
『ぴょん』だな~。
私のハンドルネームは『オルゴールぴょん』なんですよ。
ぴょん、に意味はなかったんだけど、非連続的思考、っていう意味をもらおうかな。
できすぎみたい。すごいギフトだ。
サイモントン先生からギフトをもらったことがあって、亡くなった後の年末に、旅行に行きました。その時に、勉強しようと思って、先生の著書を持って行こうと思いました。汚さないようにと思って、ありあわせの紙でカバーをかけたんです。その時にたまたま手に取った紙が、クリスマスのギフト用の紙でした。
自分が手に持っているものが、あの世から先生にもらったクリスマスプレゼントだと思いました。あ~~、勉強しなさい、ってことですかぁ、って。
ま~、きれいな紙をとっておいたのがたまたまクリスマス用の紙だったというだけの、偶然なんですが。
先生の著書には西洋医学の不足点を書かれている所はなくて、それはとても注意深く避けておられると思います。これは私にとっては極めて重要で、堅持されて欲しいです。
心の重要性も単に重要なものを重要だと言っているのであって、それを重要視していなかった西洋医学を批判とかは、されていないと思います。そんな必要はないんです。
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