金曜日, 8月 14, 2009

3万人、1万人、、、(夏休みの宿題)

中3娘たまこは、夏休みの宿題で、戦争の映画(のDVD)を観て感想を書く、というのがあるそうです。

本当かなぁ? 母に借りさせて、DVD観て勉強したつもりになろうという魂胆?

かとも思われましたが、何でもいいというので、たまたま目についた「エリザベス」を、とにかく借りてきました。

エリザベス1世が、スペインの無敵艦隊と闘ったお話です。1588年、アルマダの海戦というのがあり、スペイン衰退とイギリス繁栄の契機になったそうです。1998年のイギリス映画。

イギリスのお城の内部の映像が美しく、ハリー・ポッターのホグワーツとも通じるようで、ストーリーには宗教が色濃く関係していることが分かり、エリザベス1世は魅力的に描かれていて、面白かったです。

で、ウィキペディアで調べてみてひっかかったのですが、スペイン無敵艦隊の人数が、3万人だったそうなんです。

1588年なのに、日本の1100年代の平家や源氏の軍勢の人数(昨日書いたように5万人、10万人、28万人)よりも、少ない。

スペイン無敵艦隊は海軍なので、船で運べる人数は少なくなる、ということかもしれませんが。迎えうったイギリス軍の方も1万5千人とあります。

富士川の戦い(平氏方5万人)、倶利伽羅峠の戦い(平氏方10万人)、奥州討伐の戦い(源氏方28万人)の間には、人々の組織の変成が起こって、立場を変えた人も多くいたのだろうなぁ、と思ったのですよ。つまり、同じ人がこの3つ全部に参加したということも、あったのではないかしらん。

組織ごと平氏方から源氏方へ移って源氏の勢力が膨らむということがなければ、28万人は集まらなかったのではないかと。そういうことが起こるには、この何万人の人々がばらばらではなく、何らかの単位を成していて、その中での統率が取れていなければならない。

源頼朝が鎌倉幕府を建てた頃(1192)と同年代で比べられるものは?と思って見てみると、ヨーロッパでは十字軍が1200年前後。何度も結成されているのですが、数字が出ている例では1万人程度のようです。

源頼朝の統率力は、同年代のヨーロッパの王様の統率力の28倍あったわけです。頼朝が打ち立てた武家政権と天皇制の並立というスタイルは、明治維新まで続きました。

頼朝さん、偉いし、日本っておもしろい国ですね。

(あ、嵐もすごいですね。国立コンサートの観客数が奥州征伐で頼朝に従った武士の数に匹敵するわけで。)

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

なおとです。ぴょんさんは歴女だったんですね。

オルゴールぴょん さんのコメント...

なおとさん、こんばんは。

歴女が、一瞬、『魔女』に見えましたよ。

ほうきに乗って空も飛びたいし、時間を越えて旅もしたいものです。

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