火曜日, 2月 08, 2011

ビバ! 特許事務所

拒絶査定対応の中間処理の指示を、権利化担当の人が特許事務所に出してくれました。特許事務所には弁理士さんがいて、特許庁の審査官に出す書類を作ってくれます。

権利化担当は、説明したら内容は分かってくれたんだけど、事務所への指示は、審査官の意見を少し入れて請求項を少し直す、というもので、そんなものかなぁ、って感じでした。

だけど、事務所から来た返事は、ばっちりでした。出願当時のままの請求項で、意見書で反論するだけでいいのではないか、と言ってきてくれました。

分かってくれたぜ。

審査官も分かってくれなかったし権利化担当もいまひとつ分かってくれなかったけど、米国特許庁と中国特許庁に続いて、特許事務所は分かってくれた。

分かってくれる人が意見書を書いてくれたら、通るかな。

以前米国特許庁とやりあってくれたアトニー(特許関係の弁護士)さんは、すごい切れ味だった。勝つかどうかはある程度、弁護士しだいってことは実感したことがあります。

但し、日本の特許事務所の弁理士さんにも色々います。正直言って何のためにいるのか分からないおじいさんもおられます。いつも意味不明に名前が載っているという。

だけど今回は切れる弁理士さんが担当してくれたんだ。良かった、嬉しいなぁ。

この特許は癌の告知をされた後に最終的な打ち合わせをして、治療のために長期で休み始めた後に出願したんでした。その前に命を削っているとも自覚せずにやってた仕事の一部です。

ん~っと、特許に出したのはちょっと前の仕事なので、命を削ったのはその後の別の仕事の方かな。

後の仕事の方は実りませんでした。学会に出したけれど採用されなかった。でも、学会には出したけれど実はダメな技術だと思っていました。でも、どうダメなのかをみんなに説明できなかった。行けると信じている人たちがいたから。

その前にも、ダメですよ限界ですよこれ以上は性能上がりませんよ、行くならこれですよ、っていう結果を出したけど誰も相手にしてくれませんでした。今になって某社と某社が特許登録してるのを最近みつけました。

気に入らなかった上司達は私の結果を別の若者にやりなおさせてたけど、夢を追うのがエンジニアなんだろうけど、もうちょっと見る目が欲しかったと思います。と当時大きな声で言えれば良かったのだけど、こっそりやりなおさせてたら、ねぇ。

誰がやっても同じになる地味な結果なんだよね。みんな仲間です。地味でも正しいものは正しい。他社であってもそれが登録されているのは嬉しかったです。

派手っぽい研究開発は止まらないし。何かは残るのだろうけれどそのままでは大部分はうまくいかないと思いますが。抜けられてよかったです。

癌の治療の後仕事を変わったので、今回切れる弁理士さんが担当してくれたのが私の最後の特許というわけです。良い弁理士さんに担当してもらったようだし、ここまで自分で見れるのはラッキーです。

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